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Total Stranger...

2005年3月10日の日記。
米国ヴァージニア州の片隅にある日系企業の現地法人で、日本人駐在員である「ぼす」の元、秘書兼通訳兼「やっかいごと よろず引き受け業」的な何でも屋さんとしてお仕事をしていた頃のお話。
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全然、知らない人なのである。
(これまでのお話は こちら から)

辺りを見回すと、隣接するアパートの窓のひとつから身を乗り出すようにして叫んでいる人がいる。横には娘さんだろうか、10歳くらいの可愛い女の子を従えた、ひょろっと背の高いアフリカ系アメリカ人のおじさんだ。

(この子はおじさんのことを「Henry」って呼んでたので、おそらく実の父親ではなく母親の恋人か再婚相手だと思われる。余談だけど。)

それからしばらくの間、おじさんは「ハンドルを右に切れ」だの「今度は左だ」だの「押し方が足りん」だの「全然ダメだ」などなど、さんざんアドバイス(?)をしてくれていたのだが、もうどうにもこうにも耐えきれなかったのだろう。

"Me ───n, you're never gonna get out the way you're doin'!!!"
(あ ─────、もうっ!!
そんなんじゃ一生抜け出せないぞーっ!!)

ワタシ以上にイライラを募らせてしまった様子のおじさんは、

"I'm coming down now!!!"
(今からそっちに行くから!)

一言そう叫ぶと、窓の前から姿を消した。

「ただのうるさいオヤジかと思ったら、親切っすよねー。日本だったら自分ちの前で外国人が困ってても見て見ぬフリしますよー。」

ナカガワ氏がそんなことを言う。

数分後におじさんが防寒具に身を固めて「ぽんこつ」君の元にやってきた頃には幸い雪も小降りになっており。ナカガワ氏と見知らぬおじさんが「ぽんこつ」君を押してくれる中、ワタシは運転席でハンドルを握ることになり。

"Don't steer the wheels! I told you!!"
(だーかーらー!
ハンドル切るなって言っただろ?)

ぃゃぃゃぃゃぃゃ、ワタシが切ったんじゃぁないんです。勝手にハンドルが自分で切れたんです。もごもごと言い訳するワタシに、問答無用!って感じで叱り飛ばすおじさん。やる気、まんまんである。

...ただ、悲しいかな。「ぽんこつ」君のタイヤと一緒になって空回りしているおじさんの「やる気」。さっきからち ───っとも状況が変わっていない。

やっぱ、だめじゃん?

それでもあきらめずに声を張り上げているおじさんの、何回目かの「ほら、次はギアをバックに入れて!」「今度は前進だ!」っていう指示に従っていると、少しずつ、ほんの少しずつだけど「ぽんこつ」君の動ける範囲が広がってきているではないか。

「いいか?3-2-1の合図で思いっきりアクセル踏めよ?」

"You ready?   Three, two, one, GO!!"
(せーのっ 3・2・1 行けぇーっ!!) 

今度こそは!
おじさんの掛け声とともにエンジンをふかしたワタシだったが、前方から近づいてくる車が目に入り、あわててペダルから足を離す。そして、またしてもおじさんに叱り飛ばされるワタシ。

"You shoundn't have stopped!!! You could've been back on the road by now!!! See, we are stuck again!!! Even worse than where we started!!!!!"
(なんでやめたんだよ??足、離してなけりゃ今頃は路上に戻れてたってのにまたハマっちまったじゃないか!しかもさっきよりひどいぜ???)

ごめんなさーい。
で、でもあのままアクセル踏み続けてたら、今頃「ぽんこつ」君はさっきのチェロキーの横っ腹に突っ込んでたと思うのです。確かに路上には戻れていたかもしれないけど。

...もう、ほんとだめじゃん?
ガソリン残量も気になるしさ。「潮時」ってコトバもあるし...。

ところが、おじさんのやる気は一向に衰える気配を見せず。いつの間にか外に出てきていた前述の女のコにいいとこ見せようとしてるのか、ちっとも諦めようとしない。

やっぱりガールフレンドの娘なのかなぁ、俺ってすごいぜってアピールしたいのかなぁ、なんて憶測するワタシをよそに、おじさんはナカガワ氏と一緒になってあーでもない、こーでもないって奮闘中。別のおじさんが「これ、よかったら使えよ」って通りすがりに置いて行ってくれた牽引用ロープを何とかして「ぽんこつ」君に結び付けようと頑張っている。

ロープだけあってもしょうがないじゃん。

そう思わない訳ではなかったが、おじさんの気迫と真剣なまなざしを見ているとどうしても口には出せず。運転席でハンドルを握ったまま、手持無沙汰に待つことになったワタシ。「ぽんこつ」君のエンジンは、とりあえず切っておく。

...5分?...10分??

そのままの状態でぼーっとしていたワタシだったが、知らないうちに運転席の窓を叩きに戻ってきたナカガワ氏が指差す方向を見て、ほんとびっくりした。

赤い、Dodge のピックアップトラック。

もちろんAAAが来てくれた訳では、ない。
少し前に「これ使えよ」って牽引用ロープを置いて行ってくれたおじさんがわざわざ戻ってきてくれたのである。

なんでも、ワタシたちのことが気になって気になって、あのままほっとく訳にはいかないと、いても立ってもいられなくなり、途中でUターンしてきたと言うではないか。見ず知らずの他人のための、無償の善意。

涙が、出そうになった。

でも、そんな感慨にふけっている余裕がないくらい、そこからの展開はおっそろしいほど早く。

親切なおじさん達と、ナカガワ氏と、力持ちのトラックの協力のもと、いとも簡単にあっさりと路肩から路上へと引き上げられる「ぽんこつ」君。さっきまで苦戦していたのがまるで嘘のよう。そしてトラックのおじさんは、「ぽんこつ」君の無事を見届けると、名前も名乗らず笑顔を一つ残してその場を去って行ってしまったのである。

おじさんのトラックには「奴隷制擁護派」の象徴ってことで人種差別を示唆するとも言われている南部連合軍の旗が飾られていたけれど。見ず知らずのアフリカ系アメリカ人のおじさんと協力して、見ず知らずのアジア人が困っているのを助けてくれた。なんの見返りも、期待しないで。

人間ひとりでも生きていけるなんて嘘だ。
感謝しても感謝しきれない。

"Thank you soooo...oo much!! I don't know what we'd have done without your help. I'm so thankful and grateful...I just don't know how to thank you enough. Is there anything I can do for you? I would like to repay you."
(ほんっとに有難うございましたっ!あなたが助けて下さらなかったらいったいどうなっていたことか。もう感謝の気持ちでいっぱいで御礼のコトバもないです。...何かワタシにできることはありませんか?できればお返しをさせて頂きたいのですが。)

感謝の気持ちを伝えると、汗だくになっているもうひとりのおじさんはにっこり笑ってワタシにこう答えた。

"Oh, don't worry about it. Well, the next time you see someone in trouble, give him a hand...and one more thing; drive carefully!!"
(気にするこたぁないよ。そうだなぁ...今度誰か困ってる人を見かけたら助けてやんなよ。...そうそうそれから運転は気をつけろよ!)

くるりと踵を返してアパートに戻っていくおじさんの背中を見送りながら、「必ず、助けますから」、そう誓った。今日、親切にして下さったこと、ずっとずっと忘れませんから。

ありがとう、見知らぬおじさん達。
ナカガワ氏も、長い時間付き合わせちゃってごめんなさい。

...心配していた送別会用のケーキも会社に戻る途中で無事入手することができ。予定時間を大幅にオーバーしてしまったけれど、一応これにて一件落着。紆余曲折はあったけれど、すべては丸くおさまった感じだ。

もちろん、AAAに苦情の電話をかけることも忘れなかったワタシである。

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追記: 
①おじさんの乗ったピックアップトラックについては「Dodge pickup truck」または「Dodge Ram」で画像検索してみて下さい。顔つきからして、強いです。赤は特に。
②「レベルフラッグ」の名でも知られる南軍旗(南部連合軍の旗)は2021年1月に米連邦議会議事堂がトランプ支持者たちによって襲撃・占拠された事件でも注目を集めた、13個の白い星が紺のバッテン模様上にあしらわれている赤地の旗。サウスカロライナは州の議事堂に2000年まで掲揚していたし、南部州の中には州旗のデザインの一部に組み込んでいたところもあり、南部人の誇りと抵抗、歴史の象徴として大切にしている人達もいて、必ずしもアメリカ南部の人種差別と白人至上主義差別だけに直結しているという訳でもないのだけれども、いろいろな側面があり一言ではとても説明しきれないムズカシイ問題です。いろんな人が、います。



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