#93 自分の名前がわからないんだ。なんだったら生年月日だって知らない。
「彼はね、自分の名前がわからないんだよ。
なんだったら生年月日だって知らない。」
Bさんは若き成功者だった。
周囲の人から天才と言われるほどIQが高く、
ボストンで学生の時に起業。
世界初の特許と技術を持つ技術会社だ。
それがとんとん拍子にうまくいき、
あるグローバル企業に買収され、今はまだ
その研究所の所長をやっている。
カリフォルニアに大豪邸があるし、
恐らく美しいであろうインド系の奥様と
愛らしいお嬢さんもいる。
なんなら乗っている車はマセラティだ。
マセラティなんて車、私は知らなかったけど、
周りの人は3000万円くらいするんだよと
教えてくれた。
仕事で少し話すようになって、
人柄も明るく、穏やかな人だった。
威張っているところもなかったし、
愛らしく笑う笑顔は人好きするような
タイプ。
そんな中、聞いた言葉。
「彼はね、自分の名前がわからないんだよ。
なんだったら生年月日だって知らない。」
ちょっと言っている意味がわからない。
自分の名前がわからない?
生年月日を知らない?
どういう意味だろう。
私の顔中に表れた疑問を察知して、
その人は続けてくれた。
「彼はボートピープルなんだよ。
アジアからの難民なんだ。
両親も亡くなっちゃって、その船で
生き残ったのは彼だけなんだ。
だから自分の名前も知らないし、
生年月日もわからないんだよ」
『生年月日もわからないなら
星占いもできないな』
なんて、くだらない感想しか
出てこないほど頭が働いてなかった。
人は驚きすぎると、頭はどうでもいいことだけ
考えるのかもしれない。
名前は自分でつけた。
どこの国出身かということだけは
分かっていたから、その国の地名にちなんで。
彼の名前は、ある国の首都名を名前と苗字に
していた。
例えば、日本だったら、首都の東京を切り分けて
名前が「とう」 苗字が「きょう」
みたいな感じだ。
パリス・ヒルトンとか、ブルックリン・ベッカムとか
割と地名を名前につけるのはあることなので、
別に変でもない。特殊なのは名前と苗字で
一つの首都名になることだ。
普通、苗字は受け継ぐものだから。
普通はね。
彼には受け継ぐべき苗字すらなかったのだ。
「彼はね。
文字通り裸一貫で、
自分の人生と切り拓いてきたんだよ」
その人は教えてくれた。
日本に生まれて、両親に育てられ、
普通に学校に行ってという当たり前の生活は
世界で見ると当たり前じゃない。
それだけで幸せなことなんだ。
アメリカにももちろん、なんの不自由なく
育っている人もたくさんいる。
でも一方で彼みたいな人だっている。
世界は広い。
いろんな人がいる。
多分、私が子供達に教えたいことのNO1は
これかもしれない。
自分の中の当たり前を壊して
世界の新しい面、いろんなことを
見て欲しい。