問題の根源の多くはプロセスにあって人ではない:リーンシックスシグマについて学ぶ
リーンシックスシグマという言葉をご存じでしょうか。かくいう私は全く知りませんでした、外資系製薬企業の研究所で勤務していたある日「おめでとうございます!あなたはリーンシックスシグマの研修対象者となりました!」と、人事部の方から電話をいただくまでは。
世の誰もが「リーンシックスシグマ」を知っている前提で、1億円当たりましたよ、くらいの勢いで電話越しに私を祝福してくださる女性に「すみません、何シグマっておっしゃいました?」と恐る恐る聞き返すと、「リーンシックスシグマですよ~、ビジネスで用いられる手法のひとつで、知っているとこれからのキャリアでとても役に立ちますよ」と、この"吉報"をもっと私が喜ぶだろう、とお考えだったのだろうか、少し拍子抜けした様子でリーンシックスシグマ、すなわちLSSの説明をくださった。
「数千人規模のこの日本法人全体でもごくわずかな人しか受けられない研修ですよ、選ばれて良かったですね!」と、気を取り直した様子でプレミア感満載の研修について揚々と言葉を重ねる女性に対し「私は研究職ですし、ビジネスには関係ない職種ですので、この研修、お断りします」と、相手に見えないお辞儀を何度もしながら伝え、怖いものに蓋をするように電話を切ったのだった。
その数日後、研究所長に呼び出され、これは社命やから勝手に断ったらあかんよ、と呆れるような憐れむような口調で諭された。結果、私は渋々研修に参加し、期せずしてそこで講師としていらしていた株式会社ジェネックスパートナーズの眞木和俊先生に出会うこととなる。思えばこれは、私にとっては確かに1億円が当たる以上に幸運なことで、運命的な出会いでもあった。そして研修は不要と断った自分の無知と浅慮を大いに恥じたのであった。
例えば、ある駅からあるホテルに移動するのに、A電車は20分、Bバスでは平均10分でホテルまで行けるとした場合、料金が同じ場合は人はどちらを選ぶべきだろうか、と聞かれると、おそらく10人のうち9人が迷いなくBバスを選ぶのではないだろうか。ここに、A電車の場合はほぼ遅延はなく、Bバスは最大30分遅れる可能性があるという情報が加わるとどうだろう。おそらく判断は違ってくるのではないか。
本質は例えば平均値といったひとつの指標のみでとらえられるはずもなく、様々な側面から俯瞰的に捉えていかなければならないことが、講義の中で非常にわかりやすく解説された。そして、失敗する原因の多くは人によるものというよりプロセスに瑕疵があることが多いということや、状況の改善のためにはどのように他の人を巻き込んで改善策を講じ、実施していくべきか。LSSの研修を通し、私は多くの学びを得ることが出来、そしてそれが何よりも自信になった。
自然科学系に限らずサイエンス全般に言えることとして、目に見えない現象や概念を、何らかの尺度をもって適切な手段で計り、そこから得られたデータを繋ぎあわせて、他者と共有するために可視化、言語化していくというプロセスをもって成り立っているように思う。そういう観点では、LSSはむしろ科学者が基盤としてに持っておかなければいけないスキルセットのひとつなのではないかと研修を通し強く感じたのである。
4年前に企業から京都大学に転職し、人財育成に関する様々な活動にかかわるようになった。これからのキャリアに不安を覚える学生達や若い教員達に対し、先読みが非常に難しい社会を生き抜くための武器の一つとして、彼らにLSSを学ばせてあげられないだろうかと考え、厚かましくも眞木先生に突然連絡を取らせていただいた。眞木先生には二つ返事でお力添えをいただけることとなり、LSSを大学院の単位講義として創設し、眞木先生に講師をお受けいただくこととなった。
昨年度で3年目となったこの講義には、これまで、学生のみならず教授クラスの教員も講義に参加した。受講した誰しもが、多くの学びを得られたとフィードバックをくれ、そしてLSSを学んだことで大きな自信がついたと言ってくれた。LSSは世界標準となっているが、日本では根付いているとは全く言い難い。私自身は、これは高校生くらいから教えても良いのではないかと考えているほど、誰しもが身に着けておくべき重要なスキルだと考えている。
眞木先生には私どものこうした大学院教育にご尽力をいただいていることを心から感謝申し上げており、そのお力添えに報いるためにも、一人でも多くの学生にLSSを学べる機会を提供していきたいと望んでいる。
鈴木 忍
京都大学大学院医学研究科「医学領域」産学連携推進機構 特定教授
(京都大学メディカルイノベーション大学院プログラム 教員)
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