1980/01/22 げた箱へ帰ったら、ナント南さんがいるではないか。
1980年に夫が書いた日記を、2018年に妻が読んだときの感想とあわせて更新しています。(経緯はこちらから。)
今日はバレー部の様子と、
おなじみになってきた南さんの話題です。
1月22日(木)
やはり、昨日休んだことがいけない様子である。だれも口を聞いてくれないし、パスもやってくれないし、川崎は2度ボールをぶつけてきた。まあしょうがない。そのような時は耐えるだけである。草野をできることならバレー部に戻さなければ・・・。
高田のことは依然として進展せず。
帰り、教室へ入ることができたので、教室へ行き、靴をロッカーへ置いてきたあと、げた箱へ帰ったら、
ナント南さんがいるではないか。私がげた箱のところへ来ると、私も見ないようにしたが、彼女も視線をそらした。
そのままではやはりいけないと思い、彼女の横を通ったとき「バイ バイ」と言っておいた。まあそのようになったことはしょうがない。
明日は、いい事がありますように。
最後までお読みいただき、
ありがとうございます。
南さんがどんな人だったのか今さらですが、
気になります。
明日はどんなことが起こるのでしょうか。