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手紙〜間宮家の34通〜

少し長くなると思いますがこの場を借りてお話させて頂きます。
私の家族は父と母と2つ上の兄の4人家族です。
父と母が出会ったのは1977年ちょうど今の私と同じ歳。
高校の同級生だったそうです。
比較的おとなしい父と学校のマドンナで才色兼備の母が出会ったのは
1枚の紙切れがきっかけでした。
高田由美さんへ

突然の手紙すみません。僕は2組の間宮浩二と言います。
こうして手紙を書いたのは先日あなたが内閣総理大臣賞を受賞した青少年読書感想文全国コンクールの作品を読んだからです。
太宰治は僕も好きで愛読しています。
中でも「ヴィヨンの妻」は好きな作品で何度も読み返しました。
中々同世代で太宰の話をできる人がいないのですが、あなたの読書感想文を読んで僕は友達になりたいと思ってしまいました。
もちろん内容も素晴らしかったです。
内閣総理大臣賞を受賞したのだから当たり前かもしれないけれど。
本当は直接あなたにこの事を伝えたかったのですが僕は人見知りでそんな勇気はありませんでした。
僕が絞りに絞った勇気がこの手紙です。
気味が悪かったらごめんなさい。
もし友達になってくれるのなら僕の下駄箱、一番右のブロックの校庭側から二列目、上から3段目にお返事を下さい。
わかりやすいように赤い丸のシールを貼っておきます。
どうぞよろしくお願いします。

間宮浩二より
間宮浩二君へ

お手紙ありがとう。嬉しかったです。
家族や先生、友達がみんな凄いねと祝ってくれましたが、その凄いねは結果に対しての凄いねで、間宮君のように太宰が好きな人に褒めてもらえるのは本当に嬉しいです。私も太宰が好きだから。もちろんお友達になりましょう。
私が「ヴィヨンの妻」を選んだのは作中に出てくる妻のさっちゃんの強さに感銘を受けたからです。大谷のようなロクでもない男性と出会いたくはないけれど
そんな彼を否定せず、だからといって肯定もしない強い芯を持った女性になれたらと思って書きました。
間宮君は他にどの作品が好きですか?
太宰以外でも結構です。良ければ教えてください。

高田由美より
高田由美さんへ

お返事ありがとうございます。
下駄箱を開けて手紙が入っているのを見たとき本当に嬉しかったです。
僕はまだ高田さんのことを何も知らないけれどきっとさっちゃんのような強い女性になれると思います。
僕は大谷のような男にならないように気をつけようと思います。
正直なところ、僕が太宰の作品を読み始めたのはこの高校に入ってからです。たまたま図書室で見つけた「走れメロス」を読んだ事がきっかけでした。
昔教科書で読んだ記憶はあったけど大まかな内容しか覚えていなかったので手に取ってみました。
僕の思っていた「走れメロス」とは全く別の作品のように感じました。きっとその時の僕はメロスではなくセリヌンティウス目線で読んだからだと思います。
だから高田さんも読んだ事があると思いますが「走れメロス」
もう1度読んでみるのをオススメします。
感想待っています。

間宮浩二より
間宮浩二くんへ

早速走れメロス読みました。
セリヌンティウス目線、というか改めて俯瞰してみるとメロスは駄目な男だね。でも少し愛おしいとも思ってしまいました。
久しぶりに読むとまた違った解釈ができて面白かったです。
きっかけをくれてありがとう。
ところで間宮君は進路を決めていますか?
私は今進路のことで凄く迷っています。
大学に行こうとは思っているけど今自分が何をしたいのかいまいちはっきりしません。中途半端な形で大学を決めるのは嫌だから悩んでいます。
無茶な相談かもしれないけれど良いアドバイスがあれば教えてください。
お返事待っています。

高田由美より
高田由美さんへ

失礼だったらすみません。本当に無茶だと思います。
読んでいて少し笑ってしまいました。
アドバイスになるかどうかはわかりませんが、僕は高田さんが書いたものをもっと読んでみたいです。
自分が感動した読書感想文を書いた高田さんがこうして僕に手紙を書いてくれているのは凄く嬉しい。けど僕は心のどこかで独り占めしたくない、もっと色んな人に高田さんが書いたものを読んでほしいと思っています。
具体的にいうと僕は高田さんの綴る言葉が好きだからライターとか記者とか小説家とか書く人になって欲しい。
だから言葉をもっと学べるところ、日本文学に力を入れているような大学なんてどうだろうと思います。
押し付けがましくてごめんなさい。
これが僕のできる目一杯のアドバイスです。

間宮浩二より
間宮浩二くんへ

アドバイスありがとう。そうだよね、ほんとう無茶だよね。
そんな無茶に応えてくれてありがとう。
凄く嬉しかったです。実のところ私も書く仕事に興味がありました。けど自信がありませんでした。
内閣総理大臣賞は嬉しかったけれど、もし私に本当に才能があったらもっと昔から色んな賞を取っているのではないかって。この賞は偶然じゃないかって。
でも間宮君の手紙で勇気をもらいました。
1人でも私の書く文で何かを感じてくれる人がいれば十分だよね。間宮君ありがとう。私、書く仕事を目指そうと思います。
具体的なものはこれから考えるけど、きっかけをくれたのは間違いなく間宮君です。
それと良かったら文通じゃなくて直接会ってお話しませんか?
もっと間宮君と話をしてみたい。
もし良ければ明後日の放課後図書室に来てください。
待っています。

高田由美より
こうして6通の手紙を交わし、母と父は友達になりました
2人は毎週火曜日と金曜日の放課後に図書室へ行き
お互いのオススメの本を交換したり、その感想を話したり
帰り道に本屋へ立ち寄って新作の小説を買ったり
私にはあまり楽しいとは思えない遊びをしていたそうです。
そんな青い春を過ごす中で父は母に恋をしていました。
初めて話した時からもう心を奪われていたそうです。
何度も何度も告白しようとタイミングを伺っていたそうですが
なかなか想いを伝えられず、卒業の日が近づいてきました。
もしかしたらもう会えないかもしれない、そう思った父は
ある夜1通の手紙を書きました。今までとは違う特別な手紙。
そして次の日の朝、母の下駄箱にその手紙を入れ返事を待ちました。
由美ちゃんへ

久しぶりの手紙です。先に言っておきます。これはラブレターです。今僕は初めて由美ちゃんに手紙を書いたときよりも緊張しています。字が歪んでいたらごめんなさい。
読書感想文を読んだ時由美ちゃんの事が気になりました。
図書室で初めて会った時由美ちゃんの事を好きになりました。
何度も一緒に帰るうちに由美ちゃんをどんどん好きになりました。こういうことは多分直接口で伝えるべきだと思うけどきっと僕は緊張して伝えたい事が伝わらないと思うので手紙にします。
由美ちゃんが青森の大学に行く事はわかっています。
太宰の生まれた地で日本文学を学びに行く事もわかっています。
だから今気持ちを伝えてもどうしようもないこともわかっています。
それでも僕はこの気持ちに蓋をする事が出来ませんでした。
僕はこっちの大学に入ってお互い忙しくなると思うけど、空いた時間でバイトしてお金貯めて絶対に会いに行きます。
改めて言います。僕は君が好きです。由美ちゃんが大好きです。
だから、僕と付き合って下さい。
お返事待っています。

浩二より
浩二君へ

お手紙ありがとう。本当に久しぶりの手紙だね。
きちんとお返事書きます。
私が自分のしたい事に気付けたのも、それで大学を決めたのも、
全部浩二君のおかげです。
私は今のところ「ヴィヨンの妻」のさっちゃんになれそうにありません。私の中の芯はまだまだか細くてすぐに折れてしまいそうだからです。
それでも、この今にも折れてしまいそうな芯をそっと支えてくれたのは紛れもなく浩二君です。
甘えるわけじゃないけれどこれからも貴方に支えてもらいたいと思っています。無理してバイトはしないでください。
会える時に会いましょう。
私もこっちに帰ってくるタイミングは沢山あるから。
それと私たちには手紙があるから。
浩二君これからもよろしくお願いします。
それと、正門で待ってます。

由美より
こうして2人は恋人になりました。
正門へ走ってやって来た父は母と会うなりすぐに
「よろしくお願いします」と言い深々と頭を下げたそうです。
母は「野球部みたい」と笑い同じくらい頭を下げて
「こちらこそお願いします」と言いました。
きっと他の生徒は変な目で見ていたと思います。
こうして始まった2人の恋物語ですが、2人が一緒に過ごせる時間は限られていました。数日後、母が青森へ進学してしまうからです。
引越しの準備を手伝ったりと極力2人の時間を作っていたそうですがすぐにその日はやってきました。
駅まで見送りに行った父は寂しさを隠した笑顔で「いってらっしゃい」と言い母もその顔をみて涙を堪えながら「行ってきます」と答えました。そして別れ際、父は1通の手紙を渡しました。
由美ちゃんへ

これを読んでいるという事は由美ちゃんは青森に向かっているという事になります。
明日の僕が君にこの手紙を渡す時、どんな顔をしているのか気になりながら書いています。
永遠の別れじゃないのになんだかそんな気がしてしまう僕は自分の女々しさに嫌になりながらも次会うときまでには男らしさを磨いておこうと決意を固めました。
今由美ちゃんは沢山の不安と沢山の希望で胸がいっぱいになっているのではないでしょうか。
この先もし不安や悩みがあれば気を使わずに僕に打ち明けて下さい。
離れた場所の僕が君にできる唯一のことは君の言葉を聞くことだと思います。
由美ちゃん、精一杯楽しんでください。
思う存分学んできてください。
君の才能が寒さに負けずぽかぽかと膨れ上がりますように。
落ち着いたらで良いので返事待っています。

浩二より
浩二君へ

無事に青森に着きました。
私がこれから暮らす部屋は7畳のワンルーム。
きっとこれからここで色んな気持ちになると思う。
不安や悩みは伝えるね。きっと浩二くんから言われなかったとしても私はそうしていたんじゃないかな。
それと浩二くんの手紙で一つだけ間違いがありました。
離れた場所の僕が君にできる唯一のことは君の言葉を聞くことだと思います。という部分。
そんなことないよ。私の心の中にはいつも浩二くんがいます。
青森に向かう時も私の不安な気持ちを払拭してくれたのは心の中の浩二くんだった。音のない「大丈夫」が聞こえてきて幸せな気持ちになった。
浩二くんが思っている以上に私は貴方に助けられています。
それは忘れないでね。私たちはこの手紙で繋がっているわけじゃないよ。心で繋がっているんだよ。
それじゃあお互い新生活頑張りましょう。
浩二くんの新生活楽しみにしています。

由美より
由美ちゃんへ

手紙読みました。ありがとう。
もちろん僕の心にも由美ちゃんがいます。
きっとこの先、例えば目を擦りながら一限目の授業に向かう時、心の中の由美ちゃんが「頑張れ」って声をかけてくれるのだと思います。あまりにもだらしなかったら怒ってもらうのだと思います。その時はお手柔らかに。
では僕の大学生活の話をします。
入学式が終わった後にサークルの見学に行きました。文芸サークルです。数ヶ月に1度各々が書いた物語を載せた「小児の戯れ」という冊子を作って配布する比較的緩いサークルです。
そう、僕も何か書く事にしました。
もちろん趣味だけど、また冊子が出来上がったら送ります。
それと、同じタイミングで見学に来ていた男の子と友達になりました。登坂明夫。文芸サークルを馬鹿にするわけじゃないけどこういうサークルには勿体無いくらいに顔が整っていて誰にでも笑顔で接する素敵な人間です。またいつか由美ちゃんにも会わせたいと思います。楽しみにしていて下さい。
僕は由美ちゃんの大学生活を楽しみにしています。
お返事待っています。

浩二より
浩二君へ

文芸サークルに入ったんだ。
冊子名の「小児の戯れ」きっと福沢諭吉の言葉から引用しているんだよね素敵だと思います。
浩二くんの作品も楽しみにしているね。
私も文芸サークルの見学に行ったけどなんだか思っていた雰囲気と違っていたので結局どこにも入らない事にしました。
それでも大学生活は充実しています。授業の一つ一つが新鮮で新しい言葉を覚える子供のように毎日を楽しく過ごしています。
それとバイトが決まりました。
大学前にある「ヴィヨン」という古い喫茶店。初めて見た時に運命だと思ってすぐに店に入りました。
夫婦で昔からお店をしていて、お互い太宰が好きだったから店の名前をヴィヨンにしたそうです。
まるで私たちみたいだと思って自分の事も話していたら奥さんの君江さんが「ここで働かない?」って。旦那さんの壮一さんもすぐに賛同してくれてバイトする事になりました。
きっと2人が私の青森のお母さんとお父さんのような存在になると思います。こっちでも頼れる人ができました。
だから心配しないでね。これからお互い色んな新しいと出会って忙しくなると思います。この手紙も無理せず浩二くんのペースで送ってください。
また返事待っています。

由美より
由美ちゃんへ

少し期間が空いてしまいました。
大学の課題という天敵と戦っていたからです。
高校に通っていた頃の課題とはまた少し違ったレポートという敵に慣れるのに時間がかかってしまいました。
由美ちゃんは得意そうだなぁと思いながら不器用な僕は明夫と協力しながらなんとかこなしています。
バイト先の話。本当に運命だと思います。
君江さんと壮一さんにいつか会ってみたいです。
そういえば僕もバイトが決まりました。
家庭教師のバイトです。人見知りだからかなりの挑戦だったけど小学生相手なら僕もしっかり話せるみたいです。中学生が相手だとどうなるかわからないけれど。
それと9月に発行される「小児の戯れ」に向けていま物語を考えています。本当に難しいです。小説家の凄さを改めて実感しました。でも自分なりに必死に書くので楽しみにしていてください。
今の僕の生活は大学の授業とバイトと物語の構想の三つで構成されています。とても充実しているけれどその傍らもし由美ちゃんが同じ大学だったらなんて事も考えてしまうのが正直なところです。
来月の末のテスト期間が終わったら会いに行っても良いですか?
お返事待っています。

浩二より
浩二君へ

大学生活充実しているみたいだね。
バイトが予想外の場所だったり、物語を考えていたり、少しずつ何かに挑戦している浩二くんを尊敬しています。
私もレポートは苦手だよ。〇〇だ。とか、〇〇である。とか、堅い言葉を書くとこれは本当に自分の思っている事なのかな?って違和感が生まれて凄く時間がかかってしまいます。
実は「ヴィヨンの妻」の読書感想文の時も同じ状況でした。
自分の思っいてる事、感じた事が紙に書くと違った風に見えてきてたくさん消しゴムをすり減らしました。気持ちを言葉にするのって難しい事だよね。
でも手紙は面白いなって思います。
どれだけ言葉が拙くても字から気持ちが伝わってくるから。
浩二君の手紙を読んでいるとそう思います。なんとなく手紙を書いている浩二君の姿や気持ち、色々なものが伝わってきます。
テスト期間が終わったら会いに行っても良いですか、この言葉からも私なりに沢山の気持ちを受け取りました。それと同時に私たちの関係に会うことの許可はいるのかな?と思って少し笑ってしまいました。笑ってしまってごめんね。
もちろんいつでも会いに来てください。
でもテスト期間が終わった後は会いに来ないでください。
驚いたかな?テスト期間が終わって夏休みになったら私がそっちに戻ります。会いに来たらすれ違いになっちゃうから。
8月10日の夕焼けの頃、着物を着て駅で。
私は一緒に花火が見たいです。
一緒に過ごす夏、楽しみにしています。

由美より
2人は4ヶ月ぶりに会いました。
父は久しぶりに会った着物姿の母があまりにも美しく
その後に見た花火の美しさを覚えていないと言っていました。
会えなかった時間を埋めるようにその夏2人は沢山の時間を過ごしたそうです。
2週間後、母は青森へと帰っていきました。
次に会える日をお互い楽しみにしながら笑顔で別れたと聞きました。
しかしこの時、父は母の少しの変化に気づく事ができませんでした。
もしかしたら、母自身もまだ気付いていなかったのかもしれません。
由美ちゃんへ

無事に青森に戻れていますか?
僕は君と過ごした夏があまりにも輝いていて
いま好きな季節を聞かれたら迷わず夏と答えます。
花火も一緒に見る事ができて良かったです。
帰り道の公園でした線香花火。
ずっと火の蕾が落ちなければ良いのにと思っていました。
そんな邪念のせいで僕の方が早く落ちてしまったのだと思います。
来年はリベンジするので覚えておいて下さい。
由美ちゃんが帰ってから僕は「小児の戯れ」に向けて動いています。
実は物語はほとんど出来ていて、後は微調整だけです。
会った時にその話をしなかったのはやっぱり真っさらな状態で
読んで欲しいと思ったからです。もしかすると次手紙を送る時には
「小児の戯れ」を同封できるかもしれません。
楽しみにしていて下さい。
もうすぐ大学の後期が始まります。いわゆる秋学期というやつです。
太宰の作品「ア、秋」を読むと秋が楽しくなります。
秋ハ夏ノ焼ケ残リサ、夏ハ、シャンデリヤ。秋ハ、燈籠
など沢山の秋の捉え方をしています。
読んだ事があるかわからないけど是非目を通してみて下さい。
それではまたお手紙待っています。

浩二より
浩二君へ

無事に青森に着いています。
私も素敵な夏を素敵な人と過ごせて幸せでした。
線香花火、来年も私が勝つんだろうな。
その時はジュースでも奢って下さい。
「小児の戯れ」楽しみにしています。
浩二君がどんな物語を書くのか想像がつかないから
本当に待ち遠しく思っています。誤字には気をつけてね。
浩二君の手紙を読み終えてすぐに大学の図書館へ行き
太宰治全集を手に取りました。
「ア、秋」は読んだ事があったけれど改めて読みたくなりました。
私は捨テラレタ海という表現が大好きです。
やっぱり太宰の文は知的で、文学的で、そういった作家はもちろん
沢山いるけど私の心に一番染み込むのはやっぱり太宰の言葉です。
私もそう言ってもらえるようにならないと。
そんなことを思いながら実は単位の発表に怯えています。
確か来週です。興味がある科目は大丈夫なはずだけどそうで無い教科が少し不安です。
文学だけじゃなくて勉学にも励まないと。
「ぶ」と「べ」一文字の違いは思っているよりも大きな差があるみたいです。浩二君は単位大丈夫そうですか?
お互い頑張ろうね。
それではまた、お返事待っています。

由美より
由美ちゃんへ

今日は二つの報告をしたいと思います。
まず一つ目は単位のことです。
無事に一つも落とすことなく習得する事が出来ました。
由美ちゃんも不安がっていたけれどきっと大丈夫だと思います。
そして二つ目、無事に「小児の戯れ」が完成しました。
同封しているので読んでください。13ページ目です。
読んでくれると思うのでここにあまり書きすぎるのは良くないと思うけれど少しだけどんな物語かを。
タイトルは「からっぽ」です。感情を持たない男の子が
涙に興味を持ち、感情ごとの涙の味を研究するお話です。
ほんとはもっといろんな人が登場するような物語を
書こうと思ったけど初心者の僕には難しかったようです。
その分この物語の主人公の動かない感情、それでも動かしたい感情、
無の中にある微かな光を感じながら書き進める事が出来ました。
また感想教えて下さい。
それとこの間の手紙で誤字には気をつけてと言ってくれたので
ちゃんと確認しましたが一箇所だけ誤字がありました。
次からはもっとしっかり確認します。
誤字を見つけたらペンで直しておいて下さい。
僕は今日から次の「小児の戯れ」に向けてまた書き始めます。
由美ちゃんの作品も楽しみにしています。
身体には気をつけて。

浩二より
由美ちゃんへ

しばらく手紙が無かったのでこちらから書きます。
もしかしたら郵便局の間違いで別のところへ手紙がいってしまったのかな?もしそうだったら少し安心です。
僕はいま色んな想像をしてしまっています。
体調を崩したのかなとか、何か事件に巻き込まれてしまっているのかなとか。少し心配です。
でも、そうではないことを祈って普通にお手紙書きます。
僕の所属する文芸サークルでは「小児の戯れ」を制作する度に
メンバーの投票で色んな賞が与えられます。
なんと僕は最優秀新人賞をもらう事が出来ました。
1年生の中で一番栄誉ある賞です。
賞をもらうなんて中学生の頃の皆勤賞以来ですごく嬉しかったです。
ちなみに明夫の作品は読んでくれましたか?
ぶっ飛んだタイトルの明夫の作品「僕らはみんなキュウリから産まれた」は何にも選ばれず悔しがっていました。
「あいつらセンスがないよ」と帰り道に言った明夫の目はすごく真っ直ぐで素敵な男だと改めて思いました。
僕は明夫の作品がとても好きで実はライバルだと思っています。
明夫にはもちろん言っていないけれど。
次の「小児の戯れ」では新人の枠が無くなるので最優秀賞取れるように頑張ろうと思います。期待していて下さい。
お返事待っています。

浩二より
由美ちゃんへ

あまりにも心配になって実家に伺ってしまいました。
お母さんからは「由美は元気だから心配しないで。いまはそっとしておいてあげて下さい」と優しく言われました。
もし僕が何か傷つけるような事を言ってしまったのならごめんなさい。会いに行こうと思っていたけどお母さんの言葉を信じて今はそっと待つことにします。いつになっても構いません。由美ちゃんの心が落ち着いたらお手紙下さい。僕はずっと待っています。

浩二より
父は待ち続けました。何度も何度も青森に会いに行くことを考えたそうですが待つ事が最善の行為だと自分に言い聞かせ耐え忍んでいたそうです。そしてそのストレスをぶつけるように父はペンを取り、沢山の物語を書き上げました。皆さんの知っている「晴れ、時々晴れ」もその時に構想された物語です。
父が最後に手紙を送ってから1年と半分が経った頃、母から手紙が届きました。
浩二君へ

お元気ですか?
私は何度か風邪を拗らせましたが元気に過ごしています。
そして待たせてしまって本当にごめんなさい。
もし浩二君の心の中にまだ私が存在しているなら手紙を読み進めて下さい。
いなくなってしまっていたらこのまま捨ててもらって構いません。
浩二君から初めて手紙をもらった時、読書感想文を褒めてくれて友達になりたいと言ってくれた時、本当に嬉しかった。手紙にも書いたけれど認めて欲しい人に認められた気がしました。それから友達になってたくさんの帰り道を過ごして恋人になって。いつからか私にとっての浩二君は恋人であり、そして私を肯定してくれる人だと思うようになっていました。だから浩二君の手紙から溢れる優しい言葉がいつも私の心を包み込んでくれました。けど、ある時そこに別の感情が生まれてしまいました。それは劣等感です。浩二君は自分で気づいていないかもしれないけれど、あなたが手紙に並べる言葉には力があります。これは私が恋人だから感じている事ではなく、単純に文章としての力、言葉を操る力があります。私はそんな言葉に励まされ、そして嫉妬をし、劣等感を感じるようになっていました。自分を肯定し、夢のきっかけまで与え、それでいて心の支えになってくれているあなたの言葉に苦しむようになってしまいました。私はその劣等感に必死に背を向け手紙を読み続けてきました。でも返事を書くたびに自分の言葉が、浩二君が好きだと言ってくれた言葉が嫌いになっていく自分がいました。浩二君は何も悪くない、私が弱いだけ、自信さえつけばこんな気持ちにならない、そう思って私はいくつか小さな物語を書き始めました。小説家を目指そうと思い始めていたのです。大学に入っていくつか小さなコンクールにその物語を送りましたが良い返事は帰ってきませんでした。自分を変えようとした行動が裏目に出てますます自信がなくなっていきました。それでもどうにかしてこの気持ちに抗おう、自分を変えよう、そう思っていた矢先「小児の戯れ」が送られてきました。そして浩二君の書いた「からっぽ」を読んだ時、私の中の何かが崩れてしまいました。初めて書いたとは思えないその作品に嫉妬して、謙遜する浩二君に厭わしくなってしまいました。返事を書けなくなってしまいました。そしてその作品は想像通りに評価され、その波に乗るように前へ前へと進んでいく貴方がいました。
これが返事を書けなかった理由です。浩二君が悪いわけではなく、全部私の心の問題です。
最後に手紙を貰ってから1年と半分程が経ちます。その間たくさんのことを考えました。どうすればそんな気持ちから抜け出せるのか。自分を見つめ直していました。私は太宰をきっかけに本が好きになりました。そして色んな作者が紡ぐ言葉の数々に魅力を感じ、心を惹きつけられました。あの読書感想文を書いたのは良い文章を書きたかったからではなく、誰かに認めてもらいたかったからでもなく、ただその本の魅力を誰かに伝えたいと思ったからです。そんな気持ちに正直に向き合った結果一つの答えにたどり着きました。教師になるということです。沢山の子供達に本の魅力を伝えたい、言葉の魅力を伝えたい、そう思うようになりました。
浩二君、きっと貴方はこう思っていると思います。
「自分のせいだ」って。自分の手紙で私を悩ませてしまった、苦しませてしまった、もしかすると優しい浩二君だから人生を狂わせてしまったとまで思ってしまっているかもしれません。
でも違います。貴方のおかげです。
この過程がなければきっと私は本当に自分が歩みたかった道に気づくことができませんでした。全部浩二君のおかげです。
1年待たせた私がこんなことを言うのは凄く烏滸がましいと思うけれど、もしまだ浩二君が私のことを恋人と思ってくれているのならお願いがあります。この先も私と一緒に居てくれませんか?お返事待っています。

由美より
由美ちゃんへ

お久しぶりです。
手紙、読みました。最後までしっかりと。
来週の日曜日、午後三時、西弘前駅で待っています。

浩二より
こうして父は母に会いに行きました。
その日は生憎の雨で母は二本の傘を持って家を出ました。
我儘な時を過ごした自分、父への申し訳なさ、会える喜び、色んな感情が心を駆け巡り、駅に向かうまで母は何度も涙を流しました。
その度に久しぶりに会う父に泣きっ面を見せるわけにはいかないと雨を浴びて涙を隠したそうです。
駅に着くと既に父が待っていました。早めに家を出たつもりの母は驚き、父の元へ駆け寄り「久しぶり」と声をかけました。
父はその言葉に返答せず、カバンから便箋を取り出し母の前で読み始めました。
由美ちゃんへ

今まで何枚も手紙を書きましたがこうして目の前で手紙を読むのは初めてですね。本当はこの手紙を書くつもりは無かったけれど、どう話そうかと考えた時にきっと言いたいことがうまく言葉にできずグダグダとしてしまう気がしたので急遽電車で筆をとりました。まず、由美ちゃんの夢、僕は全力で応援します。絶対に良い先生になれると思います。未来の生徒たちが羨ましいです。そして由美ちゃんを傷つけてしまうかもしれないと思って伝えるかどうか悩みましたが隠し事をしたくないので正直に言います。僕にも夢ができました。僕は小説家を目指します。実は連絡をとっていない間に「小児の戯れ」の最優秀賞を取りました。それが大学の教授の目について出版社に声をかけてくれました。まだどうなるかわからないけれど僕は小説家を目指します。僕らはお互いに夢ができました。
この先、夢に向かう過程で色々なことがあると思います。そんな未来を僕は由美ちゃんと一緒に歩みたいです。だから、僕と結婚してください。もちろんまだ僕らは学生だし、卒業して落ち着いてからで構いません。予約です。とにかく僕はこれが言いたくて青森に来ました。僕が伝えたいことは以上です。

浩二より
母はその手紙を受け取った時、涙で目の前が歪んだそうですが父の真っ赤な顔だけはよく見えたと言っていました。
母は「よろしくお願いします」と頭を下げ、父も同じく「こちらこそお願いします」と頭を下げました。
頭を上げた2人は目が合い笑いました。
あの時の正門での2人と全く同じだったからです。
2人は1つの傘で母の住む部屋へ向かい、手紙を交わしていなかった間のことを朝まで語り合いました。
それから4年後1985年、父と母は夫婦になりました。
母は高校の国語の教師に、父は1984年、24歳で第37回野間文学賞を受賞したのをきっかけに小説家として注目を集めていました。
夫婦になってからというもの手紙を交わすことは少なくなりましたが間宮家には小さな手紙が溢れていました。
今日は職場で歓迎会をしてもらうので少し遅くなります。
由美
お味噌汁を作っておきました。
帰ってきてお腹空いていたら食べてください。
浩二
昼から雨が降るそうなので洗濯物だけお願いします。
由美
小説で少し詰まっています、由美ちゃんにとっての幸せってなんですか?
浩二
今です。
由美
今日は初めて僕が手紙を出した日のようです。
浩二
じゃあ明日は私が初めて返事を出した日だね。
由美
そんな細やかな幸せが積もる日々の中、母のお腹には新しい命が宿りました。私の兄です。父は泣いて喜び、その日から名前をどうするかで盛り上がっていたそうです。当時は今のように妊娠中に性別を知ることはできませんでした。お腹が前に張り出したら男の子、横に広がったら女の子、顔つきがきつくなったら男の子、優しくなったら女の子、そんな迷信に惑わされながら2人は結局、赤ちゃんの顔を見てから決めようと考えるのをやめたそうです。
35週と4日目の夜でした、母がお腹の痛みを訴えました、陣痛にしては少し早い事を不安に思いながら父は母を助産院へ連れて行きました。あたふたする父を見て母は痛みを我慢しながら「思ったより早く会えそうだね」と声をかけ、父はその言葉で落ち着き、ぎゅっと母の手を握りました。
しかしその数分後、助産師から告げられたのは死産という残酷な言葉でした。へその緒の捻れによるものだと説明されたそうですが母は受け入れることができず泣きながら「ごめんなさい」と言い続けました。
父はそんな母を見て涙を我慢しながら「由美ちゃん、ごめんなさいじゃない、ありがとうって言おう」と声をかけたそうです。
数日後2人は久々に手紙を書き小さな桐の箱の前で読みました。
光一へ

初めて名前を呼びます。
君の名前は間宮光一。光るに数字の一で光一。
我が家の長男で僕と由美ちゃんの一筋の光です。
ずっと消えない眩しい光です
僕ら2人はそんな光に照らされながらこれからも歩んで行きます。
どうか見守っていて下さい。

お父さんより
光一へ

約9ヶ月、私のお腹の中にいてくれてありがとう。
手を繋いだり、抱きしめてあげることはできなかったけれど
貴方と過ごした日々はとても幸せでした。
貴方のお父さんは貴方が私のお腹を蹴る度に「不良になったらどうしよう」と心配していました。そんなはずないのにね。
光一は私と浩二くんの子供だからきっと本が好きになっていたのだと思います。たくさん絵本を読んであげたかったな。言葉を交わしたかったな。そんな事を考えてしまう時があります。
もしも天国という場所があるなら待っていて下さい。
いつになるかわからないけど沢山おしゃべりしましょう。
愛しています。

お母さんより
その3年後、私が産まれました。間宮サチ。
カタカナでサチ、「ヴィヨンの妻」に出てくるさっちゃんのような強くて前向きな女性になるようにと名付けられました。
母と父は兄に注ぐことのできなかった愛を私に注いでくれました。
母は寝る前に沢山の本を読んでくれました。私が本に夢中になって眠らない事に困っていましたが2人の子供だから仕方がないと諦めていたそうです。父は書斎から出るや否やいつも私の元に来て今書いている作品について話してくれました。小さい頃はその話は難しくて何を言っているのかわからなかったけどキラキラした目で話しかけてくれる父が大好きでした。小学校に入ると父と母は沢山勉強を教えてくれました。テストで良い点を取ると家族で喜びました。中学に入ると私は父が今まで執筆してきた小説を読むようになりました。素直に作品の魅力に引き込まれ父を尊敬するようになりました。高校に入り私は小説家という道に興味を持ち小さな物語を書くようになりました。父と母はそれを読んで「さすが僕たちの娘だ」と褒めてくれました。
こんな素敵で暖かい父と母の元に産まれて幸せだなぁと思います。そしてこれからは私が父と母に恩返しをしないと、そう思った矢先、父の癌が見つかりました。
そして心を整理する暇なく、一昨日父は亡くなりました。47歳でした。
私は本日この場所に参列していただいた皆様に父、間宮浩二、小説家、間宮浩二の事を改めて伝えるべく長々とお話しさせて頂きました。良ければ今後もそんな父を忘れる事なく、皆様の心のどこかで生かして頂けたら幸いです。
そして最後に、お父さん、ありがとう。どうか安らかに。

間宮サチ
浩二くんへ

あなたが居なくなってしまった事をまだ受け入れられません。
出会ってから約30年。色んな事がありましたね。
私を支えてくれてありがとう。勇気づけてくれてありがとう。
一緒に笑ってくれてありがとう。泣いてくれてありがとう。
沢山のありがとうが涙となって溢れ出しています
家族で過ごしたいと入院を拒み、今までの出来事を走馬灯のようにサチに話す浩二くんの顔は微笑みに満ちていました。
それを見るたび私は私で良かったのだと勇気づけられました。
居なくなった今だからわかります。きっと浩二くんはそれもわかっていたのですね。直接伝えると私が悲しくなってしまうから。
いつも私の事を思って寄り添ってくれていたものね。
最後まで頼りっぱなしのダメな妻でごめんなさい。
でも今日でそんなダメな私とはお別れします。
貴方が居なくなった今、私がサチを守らないといけません。
ヴィヨンの妻のように前向きに生きていかないといけません。
だから浩二くんは安心して天国で待っていてください。
光一と沢山遊んであげてください。
私は貴方に出会えてとっても幸せでした。
明日、棺に入れるこの手紙が貴方の元へ届きますように。

由美より
大切な2人へ

トイレの電球が切れかかっていたので取り変えておきました。
玄関に並べられた写真立てを拭いておきました。
捲り忘れたカレンダーをめくっておきました。
本棚の小説を探し易いように五十音順に並び変えておきました。
靴を揃えました。庭の花に水をやりました。
僕の書斎の整理棚、入り口から二列目、上から三段目に沢山手紙を入れています。封筒に読むべき時を書いているので家族の大切な日に読んでください。
一応棚の場所がすぐにわかるように赤い丸のシールを貼っておきました。
幸せな時間をありがとう。
僕は君たちを誰よりも愛しています。
これ以上文字を綴ると2人と過ごす時間が減ってしまうのでリビングへ戻ろうと思います。
それではまた、次の手紙で会いましょう。

間宮浩二より

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