毎日連載する小説「青のかなた」 第63回
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「大丈夫! 少しお尻が痛くなるけど、すぐ治る!」
ジェイソンがそんな感じのことを英語で言う。光はあいまいな笑顔を返し、荷台に乗り込んだ。いざ出発してみると、道路が舗装されているとはいえ、場所によってはそれなりに揺れる。シートベルトも何もない荷台でぐらぐら揺られていると、まるで自分が畑から市場に運ばれていく野菜か何かになったような気分だ。
さいわい、軽トラックは二、三分走っただけで止まった。最初の目的地は波止場から近い場所だったようだ。軽トラックの荷台から降りた光は助手席に回り、トミオが車を降りるのを手伝った。
「トミオさん、ここって……」
「うん。千人洞窟」
緑に覆われた石灰岩に、ぽっかりと開いた大きな穴。ガイドブックで見た覚えがある。「千人洞窟」といって、ペリリュー島の戦跡ツアーでは必ずといっていいほど立ち寄る場所だ。
ジェイソンは車の中に残るとのことだったので、光はトミオと一緒に洞窟に向かった。入り口まで来ると、トミオが懐中電灯を渡してくれる。
「中は奥に進むほど暗い。光、足元に気をつけて。天井が低いから、頭もぶつけないように」
「はい」
トミオが転ばないように、彼の体に手を添えながら中に進んだ。トミオの言うとおり奥に進むほど暗くなる。それに静かだ。洞窟に入る前は野鳥の声が聞こえていたのに、今は不気味なほど何も聞こえない。トミオはふいに立ち止まると、懐中電灯で洞窟の内部を照らした。
「光。昔、このペリリューで何か起こったか知ってる? 僕やはるちゃんが子どもの頃」
「はい。風花さんが詳しく聞かせてくれました」
「そう。昔、パラオは日本の一部だったでしょう。でもアメリカと日本が敵同士になって、ここは戦場になった。ペリリューには日本の飛行場があって、そこが手に入れば給油しなくてもフィリピンまで行けるようになる。フィリピンや台湾、沖縄、それに日本の本土を攻略したかったアメリカは、まずペリリューを落とすことにした」
トミオは言った。アメリカがペリリュー島への攻撃を始めたのは、終戦の前年の秋だったそうだ。アメリカ軍は三日もあれば戦いを終わらせられると踏んでいたらしいが、結局は二ヶ月半もかかることになった。アメリカ軍は上陸前の艦砲射撃で日本軍を殲滅できると考えていたけれど、日本兵たちは自分たちで掘った洞窟に立てこもって生き延びていたからだった。
この千人洞窟もそのうちのひとつで、千人もの兵士が収容できる広さからそう呼ばれるようになった。今、光が立っている場所はまだほんの入り口で、奥に進むほど迷路のように複雑になっているらしい。