毎日連載する小説「青のかなた」 第178回
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風花に支えてもらいながらリビングのソファまで行った。思南の用意してくれるごはんを本当に楽しみにしていたのだ。でも、ソファにお尻を落ち着けた次の瞬間にはもう、光は眠りに落ちていた。
どれくらいの時間眠ったのか。深い、深い眠りの中で夢を見た。
夢の中で、光は新しいおうちにいた。リビングは日当たりがよくて、レースのカーテンが風にさらさらと揺れている。その向こうには海とロックアイランドが見えた。ソファに座る光の隣にはレイがいて、やさしく微笑みかけてくれている。
光の両手の上には小さな卵があった。その卵の殻は、今まさに内側から破られようとしているところだ。ぱりん、ぱりんと音を立てながら殻が割れ、破片となって手のひらに落ちる。一番大きな破片を押しのけたあと、顔を覗かせたのはちいさな鳥だった。パラオの海みたいにきれいな、青い羽をした小鳥だ。首を傾げるようにして光を見上げている。まんまるな瞳がどこかルーに似ていて、たまらなくかわいかった。
名前をつけよう。レイの言葉に、光は頷いた。新しい命の名前を二人で考えるのは、とてもしあわせな時間だった。同じ未来を見ている、という感じがした。
これからずっと、この人と一緒に生きていくんだ。今はそばかすしかない美しいレイの肌が、少しずつ皺を刻んでいくところ、この見事な赤毛に白いものが混ざっていくところ。命を背負う者としての葛藤を抱えるこの人が、それをひとつずつ乗り越えてたくましくなっていくところ。そういうものを隣で見ていられるのだ。それは名前のつけようがないほどのしあわせだった。
あたたかな光が降り注ぐような幸福感の中で、ゆっくり、ゆっくりと目が覚めた。
まぶたを開くと昼になっていて、ベッドのすぐそばに風花がいた。光が目覚めたことに気づくと、ほっとしたような顔をする。
「ああ、よかった……。もう目を覚まさないかと思ったよ」
聞けば、光が眠りに落ちたのはおとといの朝らしい。丸二日も眠っていたのだ。そのことにびっくりしていると、
「丸三日も寝ないで絵を描いてたら、そうなるよね」
と風花が言うので、またびっくりした。描いているときは時間の感覚がすっかりなくなっていて、どれくらい時間が経過しているのかわかっていなかったのだ。
ベッドの上に半身を起こすと、「いててて」と声が漏れた。ずっと寝たきりだったせいか、全身の筋肉がガチガチに固くなっている。
「ねえ、光。あの絵、すごいね」
風花は部屋の壁に立てかけてあるキャンバスに目を向けて言った。
「私は絵のことはまったくわからないけど、あの絵には光の命が入ってるって、見ただけで感じるよ」