毎日連載する小説「青のかなた」 第159回
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両親が離婚するまでは、父と母と三人で名護のマンションに住んでいた。部屋はまだ新築で、大きな窓からは名護湾を見渡すことができた。窓は南西に向いていたので、晴れた日は夕日が沈んでいくところが見えてきれいだった。ちょうど、今のように。
「理子が裕福な家で育ってないのはわかってたから、いい暮らしをさせたいと思ったんだ」
父は言った。
「だから、その当時、名護で一番背の高いマンションを新居にした。でも、そういうことに価値を感じる女じゃなかったな」
「なんとなく、わかるかも」
光が言うと、父はこちらを振り返った。
「そうか?」
「うん。お母さんが私を連れて行った場所って、南部にあるショッピングモールとか遊園地じゃなくて、離島のビーチとか、国頭村の森とかだったから」
「そうだな。自分が生まれ育った場所ほど魅力がわからないもんだけど、理子は違った。沖縄のいいところが、そのまま人の姿をしたような感じだった。そこがいいと思ったんだ」
呟くように言うと、父はデスクの前に移動した。ティーセットとペットボトルの水が置いてある。父はケトルでお湯を沸かしてお茶を淹れてくれた。
ガラステーブルを挟んで向かい合うと、父は昔のことを話してくれた。若いころ、父は東京と沖縄とを行き来する船に乗って仕事をしていたらしい。母・理子と出会ったのは、休暇で名護を訪れたときだった。国頭村出身の理子は、当時名護のホテルでフロントの仕事をしていて、旅行者である父におすすめのスポットについて丁寧に教えてくれたそうだ。そういう理子に好感を持った父がデートに誘って、二人の交際が始まった。名護を気に入った父は、そこで理子と結婚して、光が生まれた。
「俺が船を下りて名護に帰れるのは、三ヶ月に一度くらい。港に着くと、理子が光を抱いて迎えに来てくれるのが嬉しかった。理子は光のことを本当にかわいがっていたから、俺がいないあいだのことも何も心配してなかったよ。でも、光が小学校に入る少し前だったかな。国頭に住んでいる理子の母親の様子が少しおかしくなった。病院に連れて行ったら、不眠症とうつだって言われたよ」
「わたし……名護にいた頃、お母さんに『おばあちゃんのおうちにはしばらく行けない』って言われてた。それは病気のせい?」
「それもあるけど、それだけじゃない。理子の母親……マツさんっていう人だけど、不眠がひどくなるのと同じ頃から、幼い子どもを異常に怖がるようになったんだ。特に、光のことは目に入るのさえ嫌がった」