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毎日連載する小説「青のかなた」 第93回
(93)
「って言っても、八歳くらいまでなんだけど」
「うそ、沖縄のどこ?」
「名護……」
思南が「名護ってどのあたり?」と言うので、「那覇よりずっと北の方だよ」と説明する。
「沖縄の北部では、一番都会的かもしれないね。学校もスーパーも多いし。あ、ジャスコもあるよ」
「今はイオンになってるさ」
「え、いつの間に」
「ちなみに向かい側にドンキもできたから。その隣はココス」
「それは都会だねー」
「っていうか、光さん、なんで黙ってたの。名護にいたこと」
「そうだよ。僕にも『沖縄は修学旅行で行っただけ』って言ってたよ」
「それが……その修学旅行が問題で」
光は両親が離婚して東京の父の家に引き取られたことや、修学旅行を抜け出して母に会いに行ったが拒絶されたことを話した。一度、レイに打ち明けているので、なんとか冷静に話すことができた。
「そんなことがあったんだ……。それじゃ、沖縄を嫌いになるよね」
風花が言う。
「嫌いなわけじゃないよ。でも……私にとって、沖縄は母のいる場所だから。思い出すのもつらかったんだ。パラオは沖縄によく似ていて、来たばかりのころは怖かった。ずっと蓋をして鍵をかけていたものが、開いちゃいそうな気がして」
少し前の光なら、こんな風に自分の気持ちを話すこともできなかっただろう。こうして落ち着いて話ができているだけでも、自分の中で過去が整理されはじめている証拠かもしれない。そう思った。
「今はどう? まだパラオが怖い?」
「わからない。でも、怖くなくなりたいなって思う」
そう答えると、風花は「そっか」と笑顔を見せた。
「怖くならない方法、教えようか?」
「なに?」
「レッドルースターとタロイモ焼酎を吐くほど飲む」
「ぶっは。絶対やだ」
その夜は光が夕食を作った。スノーケリングに付き合ってくれた風花や思南に対するお礼だ。
マグロのぶつ切りを塩こんぶとごま油で和えたものや、蒸したタロイモを潰してマヨネーズと味噌と七味で味付けしたもの。パラオでよく採れるカンクンをにんにくと唐辛子で炒めたもの。光はそれほどお酒を飲むわけでもないのに、つまみを作るのは上手いとよく言われる。酒好きな祖母の喜ぶものばかり作ってきたからだ。
料理は二人にも喜んでもらえた。特に風花は「進むわー」と頷きながらパラオの地ビール「レッドルースター」を煽っていた。
「よし、今夜はどんどん飲むぞ、光!」
風花はなんだかはしゃいでいた。いつの間にか光のことも呼び捨てにしている。