毎日連載する小説「青のかなた」 第18回
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「パラオを統治することになったとき、日本は暴力で支配するのではなくて、パラオの人間を日本人と同じにするやりかたを選んだよ。だから、僕たちの学校の教室には天皇陛下の写真がかけてあって、日本語で話さないといけなかった。パラオ語を話すと廊下に立たされた。日本人になるようにと育てられたんだ。そのやりかたが正しいことなのか、間違っていることなのか、僕はわからない。でも、日本時代には夢があった。あの頃、パラオの子どもたちは、大人になると日本の会社で働くか、日本人のおうちで下働き。お給料も日本人より少なかった。でも、ほんの少しの、勉強が得意な子だけは、学校に進んで建築の勉強をすることができた。日本に留学することも。――あのころの僕の夢が何かわかる、光? 日本に留学して、パラオのためになる仕事につくこと。はるちゃんのような日本の女の子と結婚して、一緒に暮らすこと。そういう夢を見ていたんだ」
きらきらした目で話していたトミオだが、ふと何かを思いだしたように、視線を伏せた。
「頑張って勉強をしたら、夢が叶うと思っていた。……そのあと何が起こるか、わかっていなかったからね」
「そのあと」というのが戦争のことを指しているのだと気づく。けれど、それについては、トミオは詳しいことを語らなかった。
「日本が戦争に負けて、パラオはアメリカに支配された。長い長い時間が経って、パラオが独立したばかりのとき、僕がカフェに行ったら、日本からの観光客がお茶を飲んでいた。目が合うと、僕たちはすぐにお互いが誰かわかった。嬉しかった……本当に」
ため息をつくように言ったあと、トミオは「はるちゃんが結婚していたのは、ちょっぴり残念だったけどね」と悪戯っぽく言った。少年みたいな表情につられて、光も笑ってしまう。
「でも、マサヒロはとてもいい人。はるちゃんのことを大切にしていた」
正弘というのは祖父の名だ。光が高校生の頃に亡くなった。
「あの頃はもう光が生まれていたんだね。孫に恵まれて嬉しいと、二人はしあわせそうだった。二人がパラオの観光を終えて日本に帰ったあとも、僕たちは手紙やメールを交換した。はるちゃんとマサヒロは、よく光の話を聞かせてくれたよ。今日、僕は光とはじめて会った。でも、気持ちは違う。遠く離れたところにいた孫に、やっと会えた気持ち」
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