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毎日連載する小説「青のかなた」 第79回
(79)
「そうしたら?」
「母が、言ったの。『帰りなさい』って。『あなたとはもう二度と会わない』って。すごく怖い顔だった。あの『ゆうちゃん』っていう女の子に向けるのとは、全然違うの。私の記憶にある笑顔とも違うの。何が何だかわからないでいるうちに扉が閉まって、母は二度と顔を見せてくれなかった。……確か、そのあとも修学旅行は続いたはずなんだけど、まったく何も覚えてない。ものごとを考えられるようになったのは、東京に帰ってからだった」
「最初に、どんなことを感じた?」
「とにかく……とにかく恥ずかしかった」
「恥ずかしかった?」
「それまで、私と母を引き離したのは父で、母は私のことを好きでいてくれてると思ってた。でも、母に会いに行ってみて、そうじゃなかったんだってわかった。母は、ただ単に私がいらなくなって、だから手放しただけだった。新しい娘もいた。そんなこと思いもしないで、母の顔をスケッチブックに描いたりしてた自分がとにかく恥ずかしかった。もし過去の自分に会えるなら、『おまえは愛されてないんだよ。思い上がるなよ』って言いたいくらいだった」
「愛されてないって、そう感じたんだね」
「うん。私は愛されてなかった。でも、それは仕方がないことだったんだ」
「どうして?」
「母とのことがあってから、昔のこといろいろ思い出したの。小さい頃の私は、大人の言うことぜんぜん聞かないで好き勝手ばかりしてた。みんなが真面目に授業を受けてるときに絵を描いたり、教室にいなきゃいけないときに外で遊ぼうとしたりしたこともあった。名護にいたときも、小学校の先生から『手に負えない』って言われて、学校に通ってなかったんだ。ああ、そんな子なら母もいらなくなるよなって思った。新しい娘がいるなら、そっちの方がいいよなって。両親の離婚も、もしかしたら私っていう育てにくい娘がいたことが原因かもしれない。そういうことを考えはじめると、わからなくなったの。それまでは、祖父母とか、学校で親しくしている友達とか、私のことを好きでいてくれてるって思ってた。疑ったことなかった。でも本当は……本当の私は、わがままで、周りの人に合わせることができなくて、みんなから嫌われているんじゃないかって」
「人の顔が描けないって気づいたのは、そのとき?」
レイの問いかけに、光は頷いた。
「どうしてそうなったのか、自分でもわからない。人の表情を描こうとすると、なんだか歪んで見えるの。笑ってる表情のはずなのに歪んでるの。それが、すごく……すごく気持ち悪くて。専門学校に入ってからも、静物と風景と、生き物しか描かなかった。人間は無理だった」