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毎日連載する小説「青のかなた」 第32回

(32)

「イルカの瞳って、『ひ』の字に似ているんですね……」
「そう。目に入る光の量を調節するためです。目の横にある小さな穴は、イルカの耳」

 レイがそっと水面に手を伸ばした。横向きに浮かんでいるメイの、腹のあたりにそっと触れる。

「光さんもやってみて」
「いいんですか?」
「はい。ゆっくり、爪を立てないようにして」

 光は彼の真似をしてメイに手を伸ばした。水に濡れて光っているメイの肌に、そうっと手のひらを置く。思ったよりも固く、弾力があった。手を滑らせるとキュッと音が鳴りそうだ。野菜のナスの感触に似ているかもしれない。

「あったかい……」
「生きているからね」

 かわいい鳴き声を上げながら、ルーもそばに来た。母親のメイにぴたりと身を寄せながら、僕にも触ってよ、というように光の手を口の先でつつく。子犬みたいな無邪気なルーの仕草に、光も自然と笑顔になってしまう。

「ルーは本当に人見知りをしませんね。かわいい」
「この子は僕がPDRに入社して半年の頃に生まれたんです。それまでは犬猫専門の動物病院に勤務していたから、イルカの出産に立ち会うのははじめてで。どの動物もそうですが、幼体は本当に弱くて、いつ死んでもおかしくないんです。ルーが無事に一歳を迎えてくれたとき、本当に嬉しかった」

 レイのよく日に焼けた手のひらが、ルーのおでこをゆっくりと丁寧に撫でた。今ここにあるぬくもりは永遠のものではなく、いつかは失われる日が来
る。それをよく知っているかのような、やさしい手つきだった。

「ずっとこうしていたいですが、そろそろ朝のトレーニングの時間ですね」レイが体を起こして言った。

「光さんも、よければそばで見ていて」

 レイが魚の入ったバケツを持って歩き出すので、光もあとを追った。見ると、梓や他のスタッフもそれぞれ魚の入ったバケツを持ってイルカたちのプールの前に立っている。ごはんをもらえることに気づいたのか、イルカたちがスタッフのもとにゆっくりと泳いでいく。レイのそばにも、一頭のイルカが寄ってきた。確か、さっきエリライと呼ばれていたイルカだ。

「レイさんもイルカのトレーニングをするんですか?」
「そう。この施設はスタッフの人数が少ないし、何より、獣医もトレーニングができないといざというときに治療ができませんから。……たとえば、ほら」

 レイはフロートの上に膝をつき、一頭のイルカに向き合った。水面に顔を出したエリライに向かって右手を差し、拳を作る。かと思うと、今度はパッと開いて手のひらを見せる。それを見たエリライが、くちばしをパカッと大きく開いた。

「いま僕が見せた手の動きが、口を開くときのハンドサインです。口を開いてほしいっていう僕の要望をハンドサインで伝えて、エリライに口を開いていてもらう。僕はそのあいだに彼女の歯茎や舌の血色をチェックする」

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