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毎日連載する小説「青のかなた」 第49回

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「なんか面白いよなあ、光って」

 光がもぐもぐと口を動かしていると、朝之が言った。

「『私は人見知りです』みたいな態度取るくせに、パラオに馴染むのすげえ早いし」
「馴染む……?」
「だってさ、今日はじめてドルフィン・ベイに来たのに、もうパラオ人のおじさんたちに混ざって手づかみで刺身食ってんだもん。びっくりしたよ」
「すごいね。そういうの、嫌がる子は嫌がるよ」

 風花も言う。確かに衛生的な食事ではないけれど、光はそういうものだと思って食べてしまった。あの刺身がものすごくおいしかったというのもある。それがこんなに驚かれるとは思わなかった。
 パラオに来たばかりの頃は、光だって「知らない人と一緒にごはん食べるなんて無理」と思っていた。けれど、すぐにそんなことは言っていられなくなったのだ。パラオの人は食事でもてなすのが好きなのか、とにかくたくさん食べさせようとしてくる。昨日はアパートの近所にあった、パラオのおばあちゃんたちが集まる集会所に行ってみたのだけれど、そこでもおばあちゃんたちが「なんでそんなに痩せてる」と片言の日本語で言いながら、光にありったけのおやつを食べさせようとしてきた。

「都会が合ってる人と田舎が合ってる人がいるだろ」朝之が言った。
「田舎の中でも、涼しいところが合う人と、暑いところが合う人がいる。光はきっと、パラオが合ってると思うよ」
「そうかなあ……」

 朝之の言葉に、首を傾げずにはいられなかった。光の東京での毎日は、祖母と二人で暮らしている自宅で、ひたすら仕事をして、それが終わったらごはんを食べてお風呂に入って寝るだけだ。一日のうちに会話するのは祖母と、たまに仕事の取引先だけ。明人は光がパラオに来た今こそよく電話しているが、彼が去年から実家を出て一人暮らしをするようになってからは、ほとんど会うこともなくなった。社会からほぼ断絶された引きこもりに、この底抜けに陽気な南の島のいったいどこが合っているというのだろう。
 フィリピンから来ているらしい女の子のスタッフが、追加で頼んだ料理を運んでくれた。マグロのぶつ切りが赤玉ねぎのスライスやわかめと一緒に和えてある。顔を寄せてみると、ふんわりとごま油の匂いがした。

「これは『ポキ』だよ」風花が言った。
「もともとはハワイの料理なんだけど、パラオのレストランでもよく出してるんだ」
「パラオはマグロがよく獲れるからな。はい」
 朝之が光の皿に「ポキ」を取り分けてくれた。お礼を言って、一口食べてみる。ごま油がベースのドレッシングが、マグロの口当たりをなめらかにしていておいしい。

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