毎日連載する小説「青のかなた」 第168回
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「パラオに来てよかったな。ばあちゃんに感謝だな」
光の話を聞くと、父は言った。
「おまえ、来月からはどうするんだ? 東京に戻るのか?」
「あんまり考えてない。おばあちゃんに会いたいし、一度東京に戻ろうとは思ってるけど。こっちでできた友達が今後もパラオにいたらどうかって言ってくれてるんだけど、住む場所とか、何も決まってないし」
「住む場所なんかどうにでもなるって。ずっとここにいろよ。光にはここが合ってるよ」
「そう思う?」
「うん。やっと、昔の光に戻ったなって感じがする」
「それ……あき兄にも言われた」
「さすがだな。昔から、明人君が一番、光のことわかってるんだよなー」
「どうしてそう思うの?」
「俺さ、もうずっと前に、明人君にすっげえキツいこと言われたんだよ」
父は昔のことを話してくれた。理子と離婚して、光と一緒に東京で暮らすようになった父に、隣に住む中学生だった明人が言ったらしい。「あの子はいつまで東京にいるの」と。
「俺が意地になって『光には絵の才能があるから、東京で育てた方があの子のためになるんだ』って言ったら、明人君、何て言ったと思う? 『あの子、東京に来てから一枚も絵を描いてない。あの子に絵の才能があるんだとしたら、それはいつもぎゅっと抱きしめてくれるお母さんとか、沖縄のきれいな海が育てたんじゃないの』って言ったんだ」
「あき兄、そんなこと言ったんだ……」
彼のことだから、東京に来たばかりの光が落ち込んでいることに気づいたのかもしれない。確かに、あの頃の光は絵を描くことさえできなかった。大好きなお母さんから、ふるさとから引き離されて、生きる力を失いかけていた。ようやく笑うことができたのは、明人が連れて行ってくれた水族館でイルカに会ってからだ。
「そのとき、光は明人君と結婚するだろうなって思った」
父が言うので、光は思わず彼の顔を見た。
「え……なんで?」
「わからん。直感みたいなもんだよ。考えたことないのか? おまえ、明人君のこと好きだろ」
「えっ。なんでそう思うの」
「見てりゃわかるわ、そんなの。おまえが小学校のときから知ってるわ」
父があまりにはっきりと言い切るので、光は「えー……いや、えええー……」とマヌケな声しか出せなくなった。
「明人君が家に彼女連れてくるって聞いただけで、その日はずっと機嫌が悪いし。大人になって彼氏ができても、あんまり好きじゃなさそうだし」