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毎日連載する小説「青のかなた」 第83回

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「こんな風に、なくしちゃったものがいっぱいあるんだろうな」

 光が言うと、レイが「うん?」と、こちらを見る。

「私、毎日毎日、人でもなくて、植物でも動物でもなくて、ノートパソコンとか液晶タブレットの画面とだけ向き合い続けてきたから。子どもの頃にあった感覚とか、きっとなくしちゃってるだろうなって思って」
「うーん。なくしたわけじゃないんじゃないかな」レイは言った。
「きっと、眠っているだけだよ。光が自分の体と心の声を聞いて過ごしていたら、きっとまた目覚めるよ」

 レイの言うことを聞いて、はっとした。これに近いことを、昔……本当に幼い頃に、誰かから言ってもらったような気がした。あれは誰だっただろう。もう思い出せない。

「光、どうかした?」
「ううん。何でもない」

 光は首を横に振った。涙は少しずつ乾いてきていて、笑ってみると頬の周りがなんだかカピカピした。


 翌日、光は祖母と話すことにした。ビデオ通話だ。祖母は機械に疎いので、明人が手伝ってくれた。

「もしもし、光?」

 通話アプリを立ち上げると、タブレットの画面に祖母と明人の姿が映る。祖母は我が家の居間にいるようだ。あちらからも光の顔が見えたらしく、「ああ、光だ」と祖母は嬉しそうに言った。
 もうほとんど銀色になった髪を潔くショートカットにした祖母のはるは、毛糸のセーターを着ている。パラオにいると想像できないけれど、東京はもう冬なのだ。

「すっかり日に焼けて。元気だった?」
「うん、元気だよ」

 パラオに来てから祖母とは電話で話していたので、こうして顔を見て話すのは久しぶりだった。

「あのね。おばあちゃんが私に頼んだ『パラオの絵』のことなんだけど。あれ、少しお休みしてもいいかな?」光は言った。
「今の私じゃ、いい絵は描けないから」
「どうしてそう思うようになったの?」

 はるのこういうところが、光は好きだ。光が彼女の予想から外れたことをしても、叱ったり止めたりする前に、「どうして?」と気持ちを聞こうとしてくれる。

「私、パラオに来てからずっと、この場所が怖かった。沖縄にそっくりだから。お母さんのこと、お母さんと別れたこと、思い出しちゃう気がして」
「そう。そうだったの」
「今の、この『怖い』っていう気持ちのままじゃ、いい絵はきっと描けない。パラオの絵だけじゃない、今の私のままじゃ、どんな絵も描けないと思う。だから、先輩に相談して仕事も減らしてもらうことにした。少しのあいだ絵から離れたいの」
「光……」
「ごめんなさい。いつも心配ばかりかけて」

 画面のはるに向かって、光は頭を下げた。


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