見出し画像

毎日連載する小説「青のかなた」 第102回

「トミオさん。私、ずっと大人が思う『いい子』になれないのが苦しかったんです。なんで『みんなと同じ』になれないんだろうって、ずっと」
「光は、そういう自分が嫌い?」
「嫌いでした。でも……そういう自分だから、絵を描き続けられたような気もします」

 これまでだって、そういう光を認めてくれる人はいたのだ。祖父母をはじめ、明人や専門学校の先生、緑……。彼らは光の描いた絵を褒めてくれた。自分のつくったものを褒められるということは、自分にしかない感性を褒めてもらったということだ。それなのに、両親の離婚や周りの目ばかり気にして、「みんなと同じ」になれない自分を嫌っていた。褒めてくれた人たちの言葉は宝物のはずなのに、それを大切にしないで脇に放っていた。それがどんなにもったいないことか、気づきもせずに。

「それでいいんだよ。光、子どもたちはみんな素晴らしい魂を持って生まれてくるよ。光もレイも、スーもフーカもそう。だから、そのままでいいよ」

 そのままでいい。トミオは何度もそう言ってくれた。
 彼は、このあいだオレンジビーチで見せた画用紙が、幼い光が母を描いた絵だということにも気づいていたらしい。

「あの絵を見てから、光の元気がなくなったから。光が沖縄のお母さんとお別れしたということは、ずいぶん前にはるちゃんから聞いていた。ごめんね。光にとっては、見たくない絵だったんだね」
「いえ……私にとって必要なできごとだったんだって、今は思います。私、母のことや子どもの頃のことから、ずっと目を背けてきました。でも……パラオに来てわかった。そういうことは、いずれ限界が来るんだって」
「ああ、そうだね。そういうの、日本語で何て言うんだった? くさい?」
「臭いものに蓋をする、ですね」
「ああ、そうそう。でも、心の傷を見ないふりをするのは、きっと自分の心を守るためでもあるよ。僕も、昔のことはなるべく思い出したくなかった」

 昔のこと。戦争のときのことだと、もう聞かなくてもわかる。

「でも、光がパラオに来るとわかったとき、一緒にペリリューに行きたいと思った。戦争の話を光に聞いてもらいたいと思った。話しているあいだはつらかったよ。でも、光に聞いてもらえて、少し心が楽になった」

 光も同じだった。母に拒絶されたあのときのことをレイに聞いてもらえて、抱えていたものの重みがずいぶんと軽くなった。


いいなと思ったら応援しよう!