毎日連載する小説「青のかなた」 第116回
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クリスマスや祖父母の誕生日、敬老の日なんかは、きまって絵を描いてプレゼントしたものだ。大人になってからはフレームに入れて贈った。画用紙に色鉛筆で描いた絵でも、フレームにおさめると立派なギフトになる。
相手に思いを伝えるのに、絵は一番の贈り物。そう思ったとき……ふっと、高いところから降りてくるように、あるアイデアが浮かんだ。
「ああ……そっか。その手があったか」
「なに? 何の話?」
「あのね……」
光はたったいま思いついたことを、風花にも話すことにした。
クリスマスを間近に控えた平日、光は三度目のドルフィン・ベイに来た。
朝からボートに乗り、イルカたちの食べる魚の用意を手伝ったあとは、フロートの上に腰を下ろしてイルカたちを観察した。
以前レイに言われた通りに、紐をくくりつけた鉛筆を首から下げ、スケッチブックを広げる。
これから来るクリスマスのために、光はどうしてもここに来なければならなかった。
「お嬢さん」
くせのある日本語が聞こえて振り向くと、カトウが立っていた。今日も髪が濡れている。なんでも、プールを仕切るネットを直すために、海に潜っていたそうだ。
「今日はレイがいない。休み」
「はい。実は、レイのいない日を狙って来たんです」
光は自分が抱えている計画を、こっそりカトウにも話した。
「グッドアイデア」
カトウは親指を立てると、ニッと笑った。部族のような佇まいに似つかわしくない、ひょうきんな仕草に、光も笑ってしまう。
「トップ・シークレットですよ、カトウさん」
「私、口固い。安心して」
「はい。信じてます」
カトウは「さっき取った」というココナツを光にくれた。頭の部分がくりぬかれ、ストローが刺してある。中の果汁を飲めるようにしてくれたのだ。
「ありがとう、カトウさん」
ココナツの果汁はとにかく淡白だ。甘みも少なく、もの足りないと言う人もいるけれど、十二月でも日差しの強いパラオは、こういうさっぱりしたものが水分補給にちょうどいい。
「光。今日はメイに会った?」
「はい」光は頷いた。
朝之から聞いた話では、光がトミオに頼まれてドルフィン・ベイを訪れた翌日、昼ごろにルーは息を引き取ったという。
「スタッフみんなに見守られながらだった」カトウは言った。
「ちょうどお客さんのいない時間で、みんなが集まるのを待っていたみたいだった」
光はあの愛くるしいルーの姿を思い浮かべた。最後まで、なんていい子なんだろう。
「レイは、ルーのそばにいることができましたか?」
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