毎日連載する小説「青のかなた」 第25回
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話しながら、レイはガラスのイルカにそっと触れた。よく日に焼けた指先がイルカの体をなぞり、腹と尾びれのあいだで止まった。
「イルカの生殖器や、乳房はこのあたりにあります。オスの生殖器は普段は体の中に格納しています。体の凹凸を少なくし、水の抵抗を減らすためですね。光さん、イルカの赤ちゃんがどうやってお母さんのおっぱいを飲むか知っていますか?」
光が首を横に振ると、レイはデスクの上にあったノートに何か書いた。イルカの体を下から見上げたような図だった。尾びれと腹のあいだのあたりには、漢字の「小」の字に似た三本線が書かれている。
「この真ん中の線が膣です。その左右にあるふたつの切れ目がおっぱい。赤ちゃんは舌をストローのようにして、この切れ目に差し入れます。そうしておっぱいを飲みます。だから、イルカの赤ちゃんは舌の周りがフリルのようにでこぼこしているんですよ。フリンジといって、生後数年経つと消えてしまいます」
レイはデスクの上にあった本を一冊手に取って、広げて見せた。口を大きく開いたイルカの写真が載っている。まだ小さなイルカで、その舌の縁には確かに細かい凹凸があった。
「本当だ、フリルみたいでかわいい……。ねえ、見て、スー……」
思南の方を振り向くと、彼はあろうことか壁際においてあった椅子にもたれてうとうとしていた。
「うそ、そこで寝る……!?」
「えー……。だって、レイのイルカの話は長いし難しくてわかんないよ。チツとかセイショクキとかー」
「しっかり聞いてるじゃない」
レイの話をもっと聞いていたかったが、これ以上は思南に申し訳ない。光は部屋を出ることにした。レイが車のそばまでついてきて、見送ってくれる。
「光さん。パラオにイルカの研究施設があるのを知っていますか?」
光が思南の車に乗り込む間際、レイが言った。
「はい。ガイドブックで読みました。パラオ・ドルフィンズ・リゾートでしたよね」
「ええ。パラオの人は『PDR』と呼びます。パラオの海に仕切りを作って、自然に近い環境でイルカを飼育しています」
レイいわく、PDRはイルカの生態やトレーニング、それにイルカを介在したアニマルセラピーの研究をするかたわら、観光客向けにイルカと触れ合ったり一緒に泳いだりするプログラムも行っているそうだ。
「実は、僕もそこで働いてるんです」レイは言った。
「えっ、そうなんですか?」
レイはにっこり笑って頷いた。どうりでイルカの体に詳しいわけだ。
「光さん、もしよければ一日だけPDRの仕事を手伝ってみませんか。光さんは観光ビザなのでお給料は出せませんが、一日中、好きなだけイルカを見ていることはできますよ」
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