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毎日連載する小説「青のかなた」 第115回
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彼の言葉は、当時の光の胸に深く刺さった。「みんなと同じになれない」というのは子どもの頃からのコンプレックスで、それが両親の離婚の原因じゃないかと思ったことさえあったからだ。
そのあと彼と二人でいるのが気まずくなり、やがて「別れよう」というメッセージが届いた。光も「そうしよう」と返事をして、それっきりだ。
「あれだね。その彼もきっと、いろんなことから逃げたかったんだろうね」風花は言った。
「だって、『どうして自分だけ楽な道に逃げようとするの』なんてセリフ、本当は自分も逃げたいって思ってる人間しか言わないでしょ」
「……確かに」
風花の言うことが妙に腑に落ちた。もしかしたら、彼は自分が「逃げたい」と感じていることにさえ、気づいていないのかもしれない。「みんなが我慢しているのだから、自分も我慢するのが当たり前」という考えで、自分で自分を縛り付けているような人だった。そして、パートナーである光にも縛られている状態でいることを求めた。
緑の話によると、彼は最近になって別の同僚の女性と結婚したらしい。彼が抱えていた苦しみが、今は少しでも楽になっているといいなと思う。
「じゃあ、次は風花の番ね」
「え?」
「え? じゃないよ。私はたった一人しかいない彼氏のこと、ぜんぶ話したんだから、次は風花の番でしょ」
「さーて。プレゼント、どうしようかなー」
「えっ、そこで逃げるの? ずるくない?」
「ずるくない。今日は何しに来たと思ってんの。コロール中の店を回ったのに何も買えなかったなんて、マヌケすぎるでしょ。ほら、行くよ」
言うなり、風花は席を立って店の外へと歩き出してしまう。
「ええー……」
言いたいことはいろいろあったけれど、光は風花のあとを追った。蒸し暑いコロールのメインストリートを二人で歩く。パラオで唯一の繁華街とはいえ、建物はどれも背が低いので、真っ青な空が広く見渡せた。
日本統治時代は、この繁華街にも百貨店や商店が並び、着物を着ているパラオ人の女性もいたらしい。けれど、空襲や、戦後にパラオを統治したアメリカの政策によって日本の建物はほとんど壊されてしまった。今はすっかりアメリカの片田舎のような雰囲気だ。
「もう、いっそ自分で作っちゃおうかな、プレゼント」風花が言った。
「作るって、どんなものを?」
「うーん。粘土でブタの貯金箱とか」
「それ、小学校の自由工作でやったなあ」
「私も。……光はいいさ。自分で何でも作れそうだもの」
「何でもは作れないけど……でも、言われてみれば、昔からプレゼントといえば絵だったな」