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毎日連載する小説「青のかなた」 第213回

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 はるは黙って光の話を聞いていたけれど、光を見つめるその目が少し潤んでいた。もう八十代も半ばの祖母にこんな心配をさせていることに、光の胸も痛む。

「心配かけて本当にごめんね。でも大丈夫。この人もわかってくれているから」

 光は絵の中にいるレイに目をやって言った。

「本当に?」
「うん。もちろん、そこに甘え続けるわけじゃないけど。私は東京に帰ってあき兄のそばにいるけれど、パラオでできたこの人との縁を断ち切ったわけじゃない。離れていても、関係性を育てていこうって約束したの。あき兄にも、折りをみてこの人のことを話すつもり」
「そう……そうだったの」
「世の中の人から見ると、二人の人と付き合ってるみたいなことになるから、祝福されないかもしれないけど……。私とこの人とで、ちゃんと話し合って選んだことなの。わがままかもしれないけど、おばあちゃんにもわかってほしい」

 はるは少しのあいだ考えているようだったけれど、やがて頷いてくれた。

「わかった。光がしあわせになるためには、それがきっと一番だものね」
「……ありがとう」

 光はほっとして言ったけれど、次の瞬間には背中を強く叩かれてしまった。

「何をほっとしてるの。光、あんたの選んだ道を進むためには覚悟がいるのよ。私は光がかわいいから、あんたの選んだことなら何だって祝福する。でも、あんたの言う『世の中の人』は、きっとそうじゃない。あんたの生き方をとやかく言ってくる人が出てくるかもしれない。そういうときに、知らん顔できるような図太さを身につけないとダメだよ。何を言われても、顔を上げて歩いていかなきゃ」
「うん。わかってる」

 光が頷くと、はるは笑顔を見せた。

「なら、よし!」

 感謝といとおしさで胸がいっぱいになる。本当はものすごく心配だろうし、光に対して言いたいことがたくさんあるはずなのに。それでも、光の背中を押す言葉だけ選んでくれた。
 つくづく、自分は恵まれていたのだと光は思った。両親が離婚して、祖父母に育てられて……もしその祖父母がひどい人だったなら、光の子ども時代はきっと悲惨だった。
 でもそうはならなかった。こんなに大切に育ててもらった。小さな光が手を伸ばすと、そこにはいつも祖父母のあたたかい手があった。
 これからは、光が誰かの……明人のそういう存在になる番が来た。久しぶりに祖母に会って、そのことを強く感じる。

「それにしても、ずっと独り身だったあんたが、いっぺんに二人の人を捕まえるなんてビックリだよ。やっぱり私に似てモテるんだねえ」

 はるが冗談とも本気ともつかないような感じで言う。光は「だねえ」と笑った。

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