毎日連載する小説「青のかなた」 第100回
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あのときの光は、自分が子どもの頃に描いた絵を見てとにかく動揺していて、トミオがペリリュー島に連れてきてくれた意味も、彼の言葉にじっくりと耳を傾けることもできなかった。自分のことでいっぱいになっていたのが、今は恥ずかしい。
「後悔なんていらないよ。僕たちはこうして、また一緒にいる。今からいろんなことを話せるよ」
トミオは目を細めてやさしく微笑んだ。彼の笑顔を見ると、光もほっとする。これからもトミオと話す時間を持てるということ、彼がそういう気持ちでいてくれているというのが嬉しかった。もしかしたら、光は自分で思っていたよりもずっと、人と話すのが好きなのかもしれない。
「光、どんなことが聞きたい?」とトミオが言ってくれたので、光はこのところ気にかかっていることを話すことにした。
「このあいだ、風花が言ってたんです。沖縄の学校では、毎年、平和学習っていう授業があるんだって」
「ああ、沖縄での戦争のことを勉強するのでしょう」
「はい。沖縄戦のビデオを見たり、戦跡を巡ったり、経験者の証言を聞きに行くそうです。でも、あまりに毎年同じことをするものだから、中にはウンザリしている子もいるって。それは、当時の人の気持ちを思いやれてないっていうわけじゃなくて、機会がないからじゃないかって、風花は言ってて」
「機会?」
「はい。『戦争はいけません。平和が一番』っていうのは何度も何度も教えるけど、じゃあどうしてそれが止められなかったのかとか、そういうことが起こらないようにするには具体的にどうしたらいいのか、そういうことを考えたり、みんなで議論する機会がなかったって。それを聞いて思ったんです。私も、何もわかってなかったって。……トミオさん、ペリリュー島で起こったことを知って、私はこの先何をしたらいいんでしょうか」
光の話を聞いたトミオは固まっている。彼が何も言わないのを見て、ようやく「しまった」と思った。
光の問いかけはトミオを嫌な気分にさせてしまったのかもしれない。彼の立場をよくよく考えてみたら、「何をしたらいいか」なんて聞かれたところで「そんなの自分で考えなさい」としか、きっと答えられない。
光が謝ろうとすると、その前にトミオが口を開いた。
「驚いた。そんなことを聞かれたのは、はじめて。戦争が終わってから、はじめて」
「え?」
「ふしぎ。どうして、今まで誰もそのことを聞かなかったんだろう。ああ……違う。風花の言う通り。僕たちが、子どもたちに考える機会を与えていなかった。とても怖いことだね」