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毎日連載する小説「青のかなた」 第75回

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 相変わらずイルカのロゴマークがプリントされたTシャツを着て、赤い髪は相変わらずクルクルしている。そして魚くさい。今日もドルフィン・ベイで仕事をしてきたらしい。

「今日は、ルーがはじめて僕の手にタッチしてくれたんだよ」

 レイは言った。ルーの名前を口にするときの彼は、初孫について話すおじいちゃんみたいにゆるみきった顔になる。

「僕が手を差し出したら、口の先でちょんって」

「ああ……絶対かわいいだろうな」

「うん、すごくかわいかった。光に見せたかった」

「私も見たかった」

 そう返すと、レイは微笑んだ。

「光、次の休みはいつ?」

「わからない。もうずっと休みかもしれない」

「そっか。僕の次の休みは水曜なんだ。よかったら一緒に出かけない?」


 水曜日、レイは朝からボートを出して光を海へ連れ出してくれた。

「晴れてよかったね」

 トミオの息子から借りたというボートを操縦しながら、レイが言う。今朝はよく晴れていて雲が少ない。コバルトブルーと白の絵の具を混ぜたようなきれいな水色の空と、そこにエメラルドグリーンを足したような鮮やかな海が、二人の行く手に広がっている。

「光、見て!」

 レイが手招きする。光は風で乱れる髪をおさえながら、彼のそばまで行った。

「うわあ……」

 思わず声が漏れる。このボートに寄り添うようにしてイルカの群れが泳いでいた。十五頭はいる。

「ハシナガイルカだよ。吻……くちばしが長いのが特徴なんだ」

 レイが言う。確かにPDRにいるバンドウイルカと比べると吻が長く、体型もスマートに見える。

「ロックアイランドにはハシナガイルカの群れが生息しているんだ。でもたまにしか会えないんだよ。運がいいね、光」
 レイが笑顔を見せる。光も微笑み返した。

 レイはいつも通りだ。口を開けばイルカの話。たまにパラオの話と、思南の作ったおかずの話もするが、あとは大体イルカの話。光が今どういう状態にあるか思南から聞いているのか聞いていないのかわからないが、彼がいつも通りの態度でいてくれるのが、光はありがたかった。

 波止場にボートを停めたあと、途中で出会った人に車に乗せてもらって辿り着いたのは、真っ白な砂浜の美しいビーチだった。砂があまりにも白くて眩しいので、見ていると目に涙が滲むほどだ。

「ここは?」

「僕のお気に入りの場所なんだ。ランチにはもってこいだよ」レイが言った。

 砂浜には二人の他にも人がいた。パラオ人の家族だ。若い夫婦と、そのそばを駆け回る小さな男の子と女の子。母親の腕には赤ちゃんが眠っている。



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