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毎日連載する小説「青のかなた」 第58回

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「わかればよいのことだよ。じゃあ、お喋りに戻って!」

「いや、戻りにくいわ」と光は思ったけれど、風花が気を利かせてくれたのか、別の話題を振ってくれた。

「それで、レイは昔から肉が食べられないんだっけ?」
「いや、子どもの頃は食べてたよ。ラムとかも食べたし。そうそう、北海道の学校って、遠足でジンギスカン食べるんだよ。北海道のスーパーならどこにでも売っているような冷凍のジンギスカンだけど、外で食べると最高だったな」
「いいなあ、北海道。憧れるよ」

 風花はうっとりとして言った。

「沖縄の人間はさ、水平線なら飽きるほど見てるけど、北海道みたいな広々した地平線は見る機会がないわけよ。それに雪も」

 風花はたまに……特にお酒を飲んでいるときは方言が出るが、基本的には標準語で話す。なんでも、パラオに来る前は東京にいたこともあったらしい。彼女の働いているダイビングショップにはパラオ人スタッフも多いらしく、英語も堪能だ。

「そういえば、光さん……光は、今週の土曜日は空いてる?」

 レイがちょっとつっかえながら言った。光もなんとか答える。

「そ、そうだね……土曜日は、空いてましゅ。……あっ」
「ぷぷ。『空いてましゅ』だって」
「かわいいでしゅねー」

 風花と思南がニヤニヤする。

「ちょっと、誰のせいだと思ってんの……!」

 光は思南を睨みつけたあと、あらためてレイに向き直った。

「それで……土曜日がどうしたの?」
「うん。トミオさんが、光と一緒にペリリュー島に行きたいっておっしゃってる」
「ペリリュー島……? 戦跡を見に行くのかな」
「おそらく、そうだろうね」

 ペリリュー島はパラオ諸島のうちのひとつで、太平洋戦争末期、日本軍と米軍の激戦地となったことで知られている。現在も、戦車や火炎瓶などの遺留物、そして戦没者の遺骨が島内のいたるところに残っているらしい。
 パラオは、サイパンやグアムと同様、太平洋戦争で日本軍が玉砕した土地でもある。このアパートがあるコロール島も空襲に遭ったらしいけれど、街を歩いていても戦時中の名残を感じることはほとんどない。
 すっかりリゾート地になってしまったパラオが、過去に負った深い傷。それを最も体感できるのがペリリュー島なのかもしれない。

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