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毎日連載する小説「青のかなた」 第12回

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「光さん、イラストレーターってことはデスクワークだよね。仕事の合間とか寝る前に、ちゃんとストレッチしてる?」
「ストレッチ……は、してない」

 風花の顔の「あきれ」具合が強くなった。思南もため息をついている。

「光、肩とか首とか、頭とか、痛くない?」
「それは……痛いね」
「でしょう。光、人間は本当はたくさん歩く生き物だよ。昔からずっとそうして生きてきた」

 何の話だろうと思っていると、思南は思いがけなく真剣な顔で、光の隣に座った。

「生き物の体が暮らしに合わせて進化するのには、とっても時間がかかる。何万年もかかる。ヒトが、長い時間座ったままパソコンで仕事をしたりスマートフォンを見るようになったのは、本当に最近のことだよ。僕たちの体はまだそういうことをして生きていくためのものになっていない。だから、心も体も健康でいたいなら、そういうことは本当はしない方がいい。仕事でどうしてもしないといけないのなら、ケアをしないといけない。光、自分の体の声が聞こえない?」
「体の、声?」
「そう。光の体は、頭が痛いって言ってる。肩と首が痛いって、疲れたって言ってる。それを無視しちゃいけないよ。体の声を無視するのは、自分をゆっくり、ゆっくり殺しているのと同じ。とてもキケンなことだよ」

 自分を殺す。そう聞くとなんだか怖くなった。確かに、今のようなフリーランスになる前に勤めていた職場の人たちは、みんな体のどこかしらを悪くしていた。光のように首や肩が痛いのはたいがいイラストレーターだ。他にも腰が痛い人、太りすぎている人、胃が悪い人――。健康な人を探す方が難しいくらいだった。
 それでも、みんな仕事をしていた。一番忙しい人は、胃潰瘍になっても仕事をしていた。仕事のために体を痛めるのは仕方がないことのような雰囲気だった。

「今の光は、体のいろいろなところが痛いのが当たり前になってる。でも、もともとはそうじゃなかったはずだよ。パラオにいるあいだは、自分の体を大切にするっていうこと、意識してほしいな」
「それが、マッサージとかストレッチってこと?」
「うん。でも、それだけじゃない。肩の力を抜いて、リラックスすること。ほっとする時間を、なるべくたくさん作ってあげること。お風呂のあと、ハーブティーを煎れてあげるよ。それを飲んで、のんびりして。ストレッチは風花が教えてくれるはず」

 思南の言葉に応えるみたいに、風花が笑顔を見せてくれた。

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