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毎日連載する小説「青のかなた」 第154回

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「でも……光、おうちを探すのは大変だよ」思南が言った。
「このアパートは大家さんがトミオさんとお友達だから、契約とかいらないけど、他のおうちを借りるのは、きっと大変。パラオの会社でお仕事するわけじゃないなら、特に」
「そっか……」

 この先もこのアパートで暮らしたい気持ちもあるけれど、風花の言っていたように朝之がここで暮らせるのなら、それが一番いい気がする。
 これからどうするか考えないといけないな、と思った。今の光は自由だ。でも、自由であると同時に、はっきりとした居場所が定まっていないということでもある。
 結局、その日は答えが出ないまま、アパートの話は終わった。


 カレーを食べ終わり、恒例のビールタイムも終わると、光は駐車スペースまでレイを見送ることにした。

「光、何か悩んでるの?」
「え……どうして?」
「そんな感じの顔してるから」

 気を遣わせてしまって申し訳ないなあと思わないといけないところなんだろう。なんだろうけれど……ものすごく嬉しかった。レイが私のことを見てくれていて、いつもと違うことに気づいてくれた。イルカのことで埋め尽くされているだろうレイの心に、私も少しだけ存在している。それが嬉しいのだ。

「悩んでいるのは、今後のこと?」レイは言った。
「住む場所とか、仕事とか」
「うん。それもあるんだけど……他にも、いろいろと」

 光は、父がパラオに来ることや、風花の過去を聞いてから感じている不安について話した。

「どうして両親は離婚することになったのか、沖縄で何があったのか……そういうことを、父の口から聞きたい。でも、自分がまだ知らない、何か暗い事実があるかもしれないと思うと、やっぱり……怖い」

 自分の過去のことだというのに、光はあまりに大切なことを知らなさすぎた。父との仲は悪くないが、お互いに正面から向き合うのを避けてきたのだ。避けることで、光は自分の心を守ってきたのかもしれない。

「それ、もしかしたらお父さんも同じかもしれないね」

 レイは言った。

「父も?」
「うん。お母さんのことや離婚の経緯だとか……本当に話さなければならないことを話さないまま、これまで一緒にいたわけだろう。そのことが心に引っかかっているのが、光だけとは思えない。もしかしたら、お父さんも『話そう、話そう』と思いながら、ここまで来てしまったのかもしれないよ。光に向き合うのが怖いと、そう思っているかもしれない」
「……」

 船乗りらしい、肩のがっしりとした父の姿を光は思い浮かべた。磊落そうに見えていたけれど、そういうふうに振る舞うことで、光と対面しているときの気まずさを打ち消そうとしていたようにも感じる。

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