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毎日連載する小説「青のかなた」 第47回

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「それは、恥ずかしいので言わないでいただけると……」

 レイは微笑むと、首を横に振った。

「恥ずかしいことじゃありません。僕も普段からイルカたちを見ていて、彼らに人間性のようなものを感じます。イルカだけじゃない。動物や、もしかしたら植物にも感情があり、心がある」
「それは……わかるかも」
「わかりますか?」
「はい。うちの祖母は、鉢植えに水をあげるときに『おはよう』とか『今日もきれいね』とか話しかけているんですけど、そうすると植物が早く大きく育つんです」
「ああ、そういうところが光さんに似たんですね」

 レイはおかしそうに笑った。

「鉢植えに話しかけるおばあさんと、イルカに話しかける光さん。そっくりですよ」
「ああ……確かに」

 光もつい笑ってしまった。毎朝、植物に声をかけている祖母を見て「面白いなあ、この人」なんて思っていたのだけれど、光も似たようなことをしていたのだ。

「光さん。嫌じゃなければ、左足のこと聞いてもいいですか」
「え?」
「今朝、ボートを降りるときに不便そうにしていたし……さっき海に落ちたのも、そこが原因じゃないかと思ったんです」

 レイがそう言うのを聞いて、かなり驚いた。左足のことはほとんど気づかれたことはないのだ。知っているのは家族と、そして明人だけだった。
 かと言って、隠すようなことでもないので、レイに話すことにした。

「昔のことなのであまり覚えていないんですけど、小学校一年生のとき交通事故に遭ったんです。それ以来、左足が少しだけ動かしにくくて」
「痛みは?」
「高校生くらいまでは寒い日に痛むこともありましたけど、今はまったく。走ったりスポーツをしたりするのには不便かもしれませんが、どれも私の仕事には必要ないことなので、ほとんど支障はないんです」

 左足のことは、普段はほとんど意識していない。スポーツが好きな性格ならこの足を恨んだかもしれないが、光は絵さえ描ければよかった。事故のこともほとんど覚えていないので、トラウマのようなものもない。

「泳ぐのは? パラオで海水浴はできそうですか?」
「浅瀬で、浮き輪でぷかぷか浮かぶくらいなら。でも、ダイビングは難しいかも。重いボンベを背負うんですよね」
「ええ。でも、ボンベが重いのはエントリーまでで、水中では感じなくなります。インストラクターのサポート次第ではできるかもしれない。風花に聞いてみるといいですよ」
「そうですね……」

 自分から風花に話しかけたことは、まだない。彼女のあのはきはきした感じに、光はどうしても気後れしてしまうのだ。


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