毎日連載する小説「青のかなた」 第104回
(104)
目線も下を向いているし、どことなく疲れているように見える。
彼はキッチンについている外扉から家の中に入ってきた。光がいることに気づくと、笑顔を見せる。
「光、来てたんだ。トミオさんは……電話中?」
「うん。今、私の祖母とオンラインで話してるの」
「そう。トミオさん、喜んだでしょ」
「うん、喜んでくれた。お茶煎れるけど、飲む?」
「遠慮しとくよ。シャワーを浴びに帰ってきただけで、また職場に戻るんだ」
「職場って、ドルフィン・ベイに? 今から?」
「そう。夕方のボートでね」
マラカル島のマリーナとドルフィン・ベイを往復するボートは、確か夕方を最後に翌朝まで出ないと聞いた。ということは、今夜、レイはドルフィン・ベイに泊まり込むのだろうか。
レイはシャワーを浴びて着替えたあと、またすぐに外へ出てしまった。食事どころか、水さえ飲んでいない。光は何だか心配になって、外に出て声をかけた。
「レイ、大丈夫?」
車に乗り込むところだった彼は、「ん?」と光の顔を見た。
「なんだか……疲れてるみたい」
「ああ、このところ忙しくて。一緒に夕食も食べられなくて残念だけど、ゆっくりしていって」
そう笑顔を見せると、彼は車に乗り込んで、そのまま出発してしまった。
夕食のとき、そのことをトミオに話してみると、彼は「レイはこのところ帰りが遅い」と言った。
「レイの仕事のことは、僕は口を出さないと決めているよ。彼も大人だからね。でも、少し心配だな」
ロシタや彼女の子どもたちが一緒にいるときは、彼らに合わせてトミオも光も英語で話すようにしている。トミオの話を聞いたロシタは、「職場にガールフレンドでもできたんじゃないの?」と笑った。
「レイの頭の中はイルカのことばかり。そっちの方が私は心配よ。ほら、彼がパラオに来たばかりの頃だって……」
「ああ、デートのこと?」トミオが言った。
「デート?」
「レイがパラオに越してきたばかりの頃、パラオの女の子が彼をディナーに誘ったの」ロシタが言った。
「食事のあいだ、レイはパラオで育った彼女の話を熱心に聞いてくれて、彼女もすっかりその気になったけど、食事が終わると、レイは彼女を家に送り届けて帰った。『話を聞かせてくれてありがとう、楽しかった!』と言って。キスどころか手にさえ触れなかったらしいよ」
「デートだと思ってなかったってこと?」
「そう。レイは女の気持ちが想像できないみたい」
「彼らしいね」トミオが言った。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?