毎日連載する小説「青のかなた」 第11回
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「そうだね。不便なことも多いけど、いい土地だよ。……ほら」
風花がビール缶を持ったままの手を上に掲げる。見上げると、黒と紺を合わせたような色の空に、点々と星が光っていた。東京で見るよりも数がずっと多く、ひとつひとつの輝きがはっきりしている。夜の静かな湖にダイヤのかけらを落っことしたような、そんな空だった。
「……きれい」
こんな風に、のんびりと星を眺めたのは、いつぶりだろう。もしかしたら子どもの頃以来かもしれなかった。
思南も風花も、デッキチェアの上で足を伸ばして、すっかりくつろいでいる。ふしぎな時間の流れだった。いつもだったら、この時間は何をしているだろう。仕事ですっかり凝り固まった首と肩を、お風呂で一生懸命ほぐしている頃かもしれない。
いつもの癖で右肩のあたりを手で揉んでいると、ふと視線を感じた。思南だ。
「光、肩が痛い?」
「ちょっと凝ってて。でも、いつものことだから」
「どれどれー」
思南が光のうしろに来て、その大きな手のひらを何のためらいもなく光の肩に置いた。いきなりのことなのでびっくりしていると、肩甲骨のあたりにぐっと親指が食い込む。
「いでででで!!」
本気で叫んでしまった。肩だけではなく頭と首のあいだも強く押されて、そのたびに悲鳴が漏れる。涙目になりながら「何するの!」と思南を見ると、「何するはこっちのセリフだよ!」となぜか言い返されてしまった。
「風花、光の肩触ってみて」
思南に言われて、風花も光のうしろに来る。嫌な予感がした。逃げようとする前に、風花の手が光の肩に触れる。そして、また「ぐっ」とされる。
「いっ……!!」
あまりに痛いと、人はろくに声を上げられなくなるらしい。肩はもちろんだけれど、こめかみにまでズンと重く響いてくるような鈍痛だった。
「うわあ、これはマズいね……」
あきれているというよりも引いている感じで、風花が言った。彼女の隣では、思南も「うんうん」と頷いている。
「でしょ。僕、こんなに硬い体の人、はじめてだよ」
「え、何? どういうこと?」
「要するに、凝りすぎってこと。『肩が凝ってる』っていうかわいい表現じゃ、もう間に合わないの。凝り固まってるの」風花が言った。
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