毎日連載する小説「青のかなた」 第99回
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「もちろん、日本にも素敵な男性はたくさんいると思うけどね」
女性はニヤッと笑った。
「たとえば、あなたがさっき思い浮かべた人みたいに」
彼女が「何もかもお見通しなのよ」とでも言いたげにウインクするので、光は苦笑いした。
明人の、あの目がきゅっと細くなった笑顔が頭に浮かぶ。今ごろ、彼はどうしているだろう。きっと、東京のきれいなオフィスではつらつとした同僚に囲まれながら働き、そのあとは彼女とディナーにでも行くかもしれない。彼はそういう世界で生きている人だ。社交性のない光が本来出会うはずのない、充実した生活を送る都会の社会人。
明人の今後の人生に、光は必要のない人間だ。とうの昔からわかっていたはずのことが、今はどうしてか、少しさみしかった。
翌日、光は歩いてトミオの家に向かった。祖母が「久しぶりにトミオさんの顔が見たい」と言うので、オンライン会議のアプリを使って通話をしたらいいと思ったのだ。
光が訪ねるとトミオはやっぱり喜んでくれて、ハグしてくれた。彼に会うのはペリリュー島に行って以来だ。いつも家族で使っているだろう革張りの大きなソファに、トミオと並んで座る。
「トミオさん。ペリリュー島では、ありがとうございました」
祖母と約束している時間まではまだ少しある。自分なりに丁寧にお礼を言ってみると、トミオは「僕も、光と一緒に出かけられて嬉しかったよ」と笑顔を見せてくれた。
「でも、少し心配だった。あの日、光の元気がなかったから。やっぱり、若い人をああいうところに連れて行くべきじゃなかったと思ったよ」
「いえ、そんなことないです……!」光は慌てて言った。
「あのときは、自分のことでいっぱいで、余裕がなくて……。最近になって、すごく後悔しました。もっとトミオさんからいろんな話を聞けばよかったって」
ペリリュー島の戦跡を一緒に巡ったとき、トミオは行く先々で詳しく説明をしてくれた。パラオの人みんながあの島の歴史について詳しくなるわけではないだろう。自分で意欲的に調べでもしないと、人に話せるまでの知識はつかないはずだ。あの戦争のことを知りたい、忘れずにいたいという思いがトミオの中にあったからこそ、それができたのだ。そして、それを光にも伝えてくれた。