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毎日連載する小説「青のかなた」 第114回

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「どうして?」
「私とその人が所属してたのは、あくまでゲーム『製作』会社で、下請けみたいなものなんだよ。ゲームの制作費を出資している大きな会社が上にあって、その会社の言うことには逆らえないの。たとえ、『そんなアイデアじゃこのゲームはつまらなくなっちゃうよ!』と思ってたとしても、相手の言う通りのものを作らないといけないんだ」
「うわあ。なんていうか……嫌な仕事だね」

 光も風花と同じ感想を持ったことがある。「つまらなくなってもいいから、とにかくここは先方の言う通りにして」と社長がはっきりと口にしているのを聞いたときだ。あまり深く考えない方がいいと思いながらも、「私たちは一体誰のために、何を作っているのだろう」と思わずにいられなかった。

「彼も、そういうことでいつも苦しんでたんだ。ゲームの一番大事な部分を握ってる企画チームに所属してただけに、余計だと思う。でも、私の方は下っ端のイラストレーターだから、出資会社の人とのやりとりとか、面倒なことはぜんぶ緑さん……上司の人がやってくれたの。会社の中で、彼は揉め事の真ん中にいたから、そこからうまいこと外れた私に対して、複雑な気持ちがあったんだと思う。それでも付き合ってたんだけど、私が体調を崩すようになって」
「それは、彼が原因で?」
「ううん、そうじゃないんだ。その頃、私の家から会社に行くまでには電車で一時間くらいかかったの。朝はいつも混雑してて、知らない人とギュッと体を寄せ合ったり、隣にいる人の体臭まで伝わってきたり。毎朝そういうことを我慢してたら体の調子がおかしくなってきて。ずっと頭痛がして、体がだるくて。出勤するなり、会社のトイレに駆け込んで吐いたこともあった。そのままじゃ仕事にならないから、いったん退職してフリーランスとして契約し直したの」
「それで、今みたいな働き方になったっていうわけね」
「そう。私が会社を辞めることに、彼は反対しなかったよ。でも、フリーになってしばらく経ったときに、私がポロッと言っちゃったんだよね。『毎朝の満員電車から解放されて嬉しい』って。そうしたら、彼は『電車に乗るのがつらいとか言ってるけどさ、みんなそれを我慢して会社に行ってるんだよ。それが当たり前だろ』『みんなが我慢してること、我慢できてないのは光の方だよ。どうして、いつも自分だけ楽なところに逃げようとするの』って」

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