毎日連載する小説「青のかなた」 第46回
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「そう、なんですか?」
「そうですよ! それも、魚をもらうとき以外は絶対にヒトに近づかなかったアイリスがですよ! そう考えると、僕たちがどんなに驚いているかわかるでしょう?」
そう話すレイの目はいきいきと輝いていた。どんなおいしいものを目の前にしたって、きっとこんな目にはならないだろう。「この人、本当にイルカが好きなんだなあ」と思った。
「でも、アイリスはどうして私を助けてくれたんでしょうか」
光が言うと、レイは「それはわかりません」とあっさり言った。
「もしかしたら……ヒトを恨むことと、溺れているヒトを見殺しにするのとは、彼女にとっては別のことなのかもしれない。命の危機に瀕しているものを助けるのは当たり前のことで、それがヒトかどうかは、あまり関係がないのかもしれない。あくまで、僕の予想ですよ。アイリスが光さんを助けた動機は、僕たちが時間をかけて研究していくべきこと。可能なら、光さんにはもう一度溺れてほしいくらいです。彼女がまた同じ行動を取るのか確認したいし」
「それは可能じゃないですね。それに、実験のために溺れてみたところで、アイリスはそれを見抜くと思いますよ」
「そう思いますか?」
「はい。彼女はそういう人だと思います。人じゃなくて、イルカだけど……。それに、さっきアイリスと向き合ったとき、声が聞こえたんです。『あとは自分で泳ぎな』って」
そう話すとレイの目の色が変わった。
「声……! どんな声でした? 高かった? 低かった?」
「そういうのはなくて……。こう、頭の中に意思みたいなものが届いたというか。うまく言えないですけど……」
「頭の中で聞こえたんですか! まさか、そんなことが……! ああ、光さんの脳波ってどうなってるんだろう! 調べてみたいなあ!」
レイが光の頭をじっと見つめる。今にも切り開いて中を調べ出しそうな勢いを感じて、光はさりげなく彼から後ずさりした。
「でも、よかった」レイはやわらかく微笑んだ。
「本当のことを言うと、今日はPDRの仕事を手伝ってほしかったというよりも、僕が個人的に光さんにここに来てほしかったんです」
「私に? どうして?」
「あなたに見てほしかった。ここのイルカたちがどんなに表情豊かで、人間くさいか」
レイはイルカたちのいるプールを見渡した。傾きはじめた太陽の光が、レイのそばかすだらけの顔に当たる。明るい茶色の瞳がその光をたたえて、目の前の水面と同じようにきらきら輝く。
「ここに来る人は、スタッフもお客さんもほとんどがイルカを好きな人です。でも、イルカとおしゃべりをするのが好きだと言った人は、光さんがはじめてなんですよ」
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