毎日連載する小説「青のかなた」 第62回
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明人は何年一緒にいてもそういうのが一切ないから、一緒にいて気持ちが楽だ。光に「いい年なんだから彼氏作れよ」とか言ったり、じゃれる振りをして体を触ってくることもない。かと言って男のように扱うわけでもない。光を何の枠にも当てはめないのが明人なのだ。
ただ、残念だなと思うのは、明人が一人暮らしをはじめてから、会う機会がぐっと減ったこと。明人が今の彼女と結婚したら、彼と光はいっそう疎遠になっていくんだろう。そう思うとき、「女の体ってめんどくさいなあ」と思う。光と明人はセックスするわけでもないのに、もし明人が結婚したあとに光と明人が二人だけで会っていたら、それだけで悪いことになってしまうのだ。光がもし男だったら、明人と二人でカラオケに行っても、同じこたつに入って彼の足を蹴っても、誰も何も言わないのに。今まで通りでいられるのに。
「この話はいいよ。ペリリュー島のこと、聞かせて」
「はーい!」
その夜、風花は時間をかけて話してくれた。ペリリュー島でどうして戦争が起こったのか、どういう結末を迎えたのか……。風花の説明は聞きやすくて、複雑な話をしていても眠くならない。
知識量が多いだけでなく、言葉の選び方、声の抑揚まで工夫しているような感じだった。きっと、パラオを訪れる観光客にも同じように話してきたのだろう。
あれだけ気後れしていた風花を、光はいつの間にか尊敬するようになっていた。
土曜日、光はトミオと一緒にペリリュー島に出かけた。
コロールからペリリュー島まではボートで一時間半ほど。波止場に降りてからは、島に住んでいるロシタの友達が車に乗せてくれるとのことなので、待っていたけれど――。
「車って、これですか……?」
ロシタの友達のジェイソンが乗ってきたのは、車というよりも、日本でもよく見かける荷台のついた軽トラックだった。座席は運転席と助手席のふたつがあるだけ。そして、運転席にはジェイソンが座っている。
――もしや、これは私が荷台に乗る感じじゃないか? いやでも、日本じゃ人が荷台に乗るのは禁止だし。
光の困惑が伝わったのか、トミオが声をかけてきた。
「光、僕が荷台に乗る?」
「いやいや、大丈夫です……!」
光は慌てて言った。いくら元気でも、トミオは八十歳を過ぎているのだ。軽トラックの荷台なんかに乗せるわけにはいかない。