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毎日連載する小説「青のかなた」 第13回
(13)
「肩と首の凝りに効くストレッチをあとで教えるよ。あと、繁華街に安い値段でマッサージをやってくれる店があるから行ってきた方がいい。とにかく、このガチガチに凝り固まった体をほぐさないと」
「パラオにいるあいだの光の課題は、『自分の体をいたわる』だね!」
思南がにっこり笑って言う。祖母に頼まれた絵を描きに来たはずが、まさかもうひとつ「課題」ができるとは思わなかった。
翌日。レイが言っていた通り思南は仕事が休みらしく、車であちこち連れて行ってもらえることになった。なめらかにガレージを出た思南の車が、アパートの敷地の前を走り出す。
「光、たくさん眠られた?」
運転席の思南が言った。
「うん。眠れたよ。なんだか、いつもよりぐっすり眠れたかも」
「よかったー」
あのあと、思南は本当にハーブティーを煎れてくれたし、風花は一緒にストレッチをしてくれた。そのせいかわからないが、今朝、目が覚めたときは少し驚いた。「眠ったはずなのに体がだるい」といういつもの状態は変わらないのだけれど、その「だるさ」の段階がいつもより明らかに低かったのだ。いつもなら、こんなふうに朝からすぐに出かけることもできない。
「今朝は雨で残念だよー。光に海を見せたかった」思南が言葉の通り残念そうな顔で言う。
「雨だと海が見られないの?」
「見られるけど、きれいじゃない。空が晴れてると海もきれいなブルーになるけど、曇ってるとどんよりしたグレー」
空のご機嫌で、海の色も変わる。そういえば、あの土地もそうだったなあ……と思った。
どんよりしているとはいえ昨夜よりはずっと明るいので、車の窓からはコロールの景色がよく見えた。雨に打たれる大きなヤシの葉と、鮮やかに咲くハイビスカスにサンダンカ――。
……ああ、やっぱり。
光はため息をつきたくなった。昨日、レイの車で山道を通ったときから予感はしていたけれど、ここはあの場所に……沖縄にあまりに似ている。来るべきじゃなかった。
つい、窓の外の景色から目を背けてしまう。本当にこんなところで暮らしていけるのだろうか。三ヶ月ものあいだ。
憂鬱な気持ちに浸る間もなく、車はコロールの繁華街に入った。左手に「Palau high school」と大きく書かれた建物があり、門には古い石灯籠が置いてあった。思南いわく、日本統治時代から残っているものらしい。