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毎日連載する小説「青のかなた」 第28回

 どうしてそういう思いをしないといけない世の中になっているんだろう。一度、そういう疑問を口にしたことがあった。当時の彼氏は「それが当たり前なんだから、当然だろ」と、おかしなものを見るような目を光に向けた。「みんなが我慢してることを、我慢できてないのは光の方だよ」とも。
 でも、いたのだ。世界には、こんな風にボートで青い海を突っ切り、世界遺産を眺めながら職場に向かう人が。

 ――世界は、私が思っているよりずっと広い。そして想像もつかないようなことがたくさん起こっているんだ。

 そう思わずにいられなかった。


 やがて、ボートの行く先に白い桟橋が見えてきた。桟橋の向こうにはゆるやかなスロープがあり、その上の大きなログハウスに繋がっている。
 ボートはゆっくりと減速し、桟橋にぴたりと寄り添う形で停止した。スタッフがぞろぞろとボートを降り、スロープを上がっていく。
 光もそのあとを追おうとしたが、ボートと桟橋のあいだは大きな段差になっていた。降りるのに躊躇していると、先に降りていたレイが手を差し出してくれた。

「ありがとう」

 レイの手を借りて、右足から桟橋に降りる。右足で踏ん張るようにして左足も桟橋に移動させるあいだ、レイの手は光の体重を受け止めてくれていた。乾いてがさがさした手だ。獣医さんは手が乾燥するのかもしれない。

「大丈夫ですか?」

 レイの問いかけに頷くと、彼はスロープに向かって歩き出した。光もついていく。

「このログハウスはPDRのもうひとつのオフィスみたいなもので、イルカの食事を用意する部屋や、スタッフの休憩スペースもあります。イルカの健康管理のための機材もありますよ。血液検査の機械やエコー、体温計などですね。毎朝、僕たちが最初にはじめるのはイルカの食事を用意することです。行きましょう」

 レイと一緒にログハウスに入る。二階建てのハウスの一階は厨房のような雰囲気になっていた。部屋の中央には広い調理台とシンクがあり、壁沿いに大きな冷蔵庫が置いてある。

「ここがイルカの食事を用意するための場所です。日本の水族館だと調餌室と呼んだりしますね」レイが言う。

 大きなバケツに水が貯めてあり、そこで念入りに手を洗った。そのあとはシンクの前に立ち、魚の選別を手伝うことになった。レイいわく、PDRのイルカは、サバとイワシ、アジ、それにシシャモを食べているらしい。

「ちなみに、シシャモはオスだけです」
「メスのシシャモは食べないんですか?」
「イルカたちは食べると思いますよ。でも、シシャモのメスは卵を持っているでしょう。カロリーが高いので、この施設では与えていません」


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