
毎日連載する小説「青のかなた」 第66回
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「彼女は、そのあとどうなったんですか?」
「死んだ。アメリカの銃に打たれて。小さな体で銃を持って、あまりに勇敢に戦うものだから、アメリカの兵隊は遺体を埋葬してあげようと思った。そうしたら軍服の下に見えたのが女性の体だったから驚いた。それから、久松は『パラオのジャンヌダルク』と呼ばれるようになった」
トミオの話を聞いて、感動するというよりも「どうして」という思いが湧いてきた。
「その久松さんは、逃げることもできたんですよね。それなのに、どうして自分から死にに行くようなことを?」
「そうだね。逃げていれば、久松は助かったかもしれない。でも、彼女は最後まで恋人と一緒にいたかった。愛していたから」
「愛……」
「そう。久松は最後はぼろぼろだったと思う。頭を坊主にして、汚れた軍服を着て。でも、彼女はそのときが一番きれいだったのじゃないか。僕はそう思うよ」
今の光には、あまりに眩しい話だった。それほどの覚悟を持って誰かを愛している人が、果たして今この時代にいるだろうか。久松の生きていた頃とは比べものにならないくらい豊かで平和なはずなのに、それでも人々の心から余裕がなくなり、ゆっくりと病み始めているこの時代で。
光だってそうだ。家にこもって仕事ばかりして、恋人どころか、友達さえろくにいない。
「光、僕のバックパックをくれる?」
トミオが言う。ペリリュー島は足場が悪いところが多いので、彼の持ち物は光が預かっていたのだ。背負っていたリュックを渡すと、トミオはそこから何か取り出した。画用紙のようなもので、何枚かある。
「光は絵のことで悩んでいるようだから、これを見せたいと思って持って来たよ」
トミオが差し出した画用紙を見て、一瞬、息が止まるような気がした。
「……これって」
「そう。光が子どもの頃に描いた絵。はるちゃんが手紙と一緒に送ってくれた」
それはおそらく、幼稚園くらいの年齢のときに描いたものと思われた。そのくらいの画力だし、何より……沖縄を描いたものが多いからだ。
誰もいない国頭村のビーチ、道端に咲くサンダンカとその下で昼寝する猫、眠そうな目を向けるヤギ、お昼ごはんのゴーヤの炒めものとゆし豆腐……。日常を切り取ったようなものが、色鉛筆で鮮やかに描かれていた。
「その頃のはるちゃんは、『沖縄にいる孫の光が送ってくれた』と言って喜んでいたよ。あんまり上手なものだから、僕にも分けてくれた」