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毎日連載する小説「青のかなた」 第16回

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「はい。トミオさんですか?」
「そうだよ。ああ……びっくり。はるちゃんによく似てる」

 トミオは嬉しそうに笑うと、両手で光の頬を挟んだ。少し乾いているけれど、大きくて温かい手のひらだった。

「よく来てくれたね。会えて嬉しい。さあ、こっちに来て。話を聞かせて」

 トミオと並んで、ソファに座った。思南はキッチンの方にいて、ロシタがお茶を煎れるのを手伝っている。

「僕はすっかり日本語が下手になってしまっているよ。話しにくかったら、ごめんね」
「いいえ、とてもお上手です」
「ありがとう。日本のテレビ、毎日観ているよ。相撲、大河ドラマ、朝ドラ」
「パラオでも観られるんですね」
「そう。公共放送だけ。パラオの老人は、日本時代を思い出しながら観ているよ。これがないと僕は日本語を忘れてしまう」

 ロシタと思南が紅茶とドーナツを運んできてくれた。ロシタがトミオの前に紅茶のマグカップを置くと、光の方までいい香りが届く。マグカップにはクレヨンで描いたような太陽と海のイラストがついていた。

「メスーラン、ロシタ」

 トミオが丁寧に言うと、ロシタも笑顔を返す。「メスーラン」は確かパラオ語で「ありがとう」の意味だ。ガイドブックで読んだ。

「そのマグカップ、ご家族からのプレゼントですか?」
「そう。ひ孫……ロシタの子どもたちがくれた。この家でみんな一緒に暮らしているよ」

 トミオはキッチンに戻ったロシタに目をやって言った。彼女は思南と一緒に何か料理を作っており、トミオと光は引き続き二人で話すことになった。

「光は絵を描く仕事をしていると聞いたよ」
「はい。今は日本のゲームを作る会社で、イラストを描いています」
「光は子どもの頃から絵が上手だと、はるちゃんがいつも言っていた。色を上手に使って、きれいな絵を描くと」

 祖母や、亡くなった祖父は、光の絵をいつも褒めてくれた。おもちゃやゲーム機はあまり買ってもらえなかったけれど、絵の具やスケッチブックなどの画材は買ってくれたし、勉強をしないで絵ばかり描いていても怒らなかった。光が熱中しているときはそっとしておいてくれたし、描き終えてから「見て見て」とそばにいくと、何をしていても必ず手を止めて絵を見てくれた。絵を描くことを仕事にできたのは、きっとそういう家族に育ててもらったことも大きく影響している。

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