毎日連載する小説「青のかなた」 第91回
「風花さんはどうしてイントラになろうと思ったの?」
「そうだなあ……。最初は、ダイビングなんて全っ然興味なかったんだよね」
「そうなの?」
思南が意外そうに言った。
「そうだよ。私は沖縄で育ってるから、海なんか飽きるほど見てるわけ。高いお金払って機材借りて、重いボンベ背負って、それで海に潜ったところで何が楽しいんだろうって思ってた。イントラになったのは、ただちょうどよかったっていうか。高校生のときに進路に悩んでたら、沖縄県内のダイビングショップの求人を見かけたの。住み込みで観光ガイドの仕事をしながら、イントラを目指すっていう感じの。その頃、姉が離婚したばかりでさ。姪を連れて戻ってきてたから、家が手狭になっちゃったんだよね。だから家を出られるなら仕事は何でもいいって思ってたの。でも、いざダイビングをしてみたら世界が変わった。観光ガイドの仕事のために沖縄の歴史や文化を勉強するのも楽しかった」
「風花はパラオのことも詳しいもんね」思南が言った。
「そう。昔は勉強なんて嫌いだったんだけど、お客さんと接するときの話題が増えてくのが楽しくて。観光ガイドをしながらダイブの回数を増やしていって、ようやく一人前のイントラになれたときは、もう嬉しいなんてものじゃなかった。飛び上がりそうなくらいだった。そのまま沖縄でイントラをして生きていくものだと思ってたんだけど、勤めてたショップの社長が、『風花は一度は沖縄を出た方がいい』って言ってくれて」
「それで、東京に?」
「うん。大田区に住んで、自由が丘のショップに通勤してた。東京は東京で楽しかったよ。自由が丘もいいところだったし、それまで出会えなかったような人とたくさん出会えたしね。私の人生には、間違いなく必要な時間だった。でも、『体に合わないな』って感じることも多くて。具体的に何が合わないかははっきり言えないんだけど、時間の流れ方とか、道を歩いてる人の忙しなさとか。それで、二年もしないでパラオに来たの」
「どうしてパラオを選んだの?」光は言った。
「パラオはダイビングの聖地。世界中のダイバーの憧れの場所だよ。一度でいいから、ここで働いてみたかったんだ」
風花は目の前の海を見渡すように顔を前に向けた。パラオに来てよかったと、彼女がそう感じていることが、その目を見ているだけでわかった。