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毎日連載する小説「青のかなた」 第22回

「そう。僕の友達もたくさん病院に行ったり薬を飲んだりしている。……光、日本から来た観光のお客さんは、パラオのいいところだけ見て帰っていくよ。きれいな海、リゾートホテルの素晴らしいサービス、楽しいダイビング。戦争で死んだ人の骨を拾いに来た人や、慰霊のために来た人もたまにいるけど、ほとんどの人はパラオを楽しんで日本に帰る。光は三ヶ月のあいだパラオにいるでしょう。きっとたくさんのことが見えてくる。日本に帰ったら、お友達にパラオのことを話してほしい。パラオのいいところも、抱えている問題も」
「はい」光は頷いた。

 トミオの言うことは、他の土地でも言えることかもしれないなと思った。光が修学旅行で沖縄に行ったとき、首里城を見学したあとに、那覇からバスで三時間近くかかる本部町まで移動して水族館に行くという、地元民からするとばかみたいに見えるだろう過密スケジュールだった。水族館を見て回る時間よりもバスに乗っている時間の方が長いくらいで、地元の人と話す機会もなかった。たった三、四日の滞在で、詰め込むように観光地を回って、その土地のことがいったいどれくらいわかるだろう。
 はるが望んでいるのも、そういうことなのかもしれなかった。光のこの二つの目で、ありのままのパラオを見てほしい。きれいなところも、そうじゃないところも――。

「――I’m home!!」

 ふいに小気味よいあいさつが響いた。キッチンのそばの扉から入ってきたのは、見覚えのある人だ。きつい天パの赤毛に、顔にはたくさんのそばかす……。

「スー、来てたんだ」

 レイは言った。昨日と似たようなTシャツとハーフパンツ姿で、肩にはナイロンのショルダーバッグをかけている。Tシャツの胸元にはイルカのシルエットがプリントされていて、バッグにも同じワッペンが貼ってある。こだわりだろうか。

「光さんも、こんばんは」

 レイは微笑んだ。笑うと頬の筋肉と一緒にそばかすも動く。
 光はなんとか同じ言葉を返したけれど、内心ちょっと驚いていた。滞在中にまた会うかもしれないとは思ったが、こんなに早いとは思わなかった。それに、家族のような感じでこの家に入ってきたのはどういうことだろう。
「光、レイはこの家の庭で暮らしているよ」トミオが言った。

「庭で……?」

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