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毎日連載する小説「青のかなた」 第151回
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「ありがと、スー。でも、大丈夫。こんなの本当に珍しい話じゃないから。私の同級生にも、似たような境遇の女の子はたくさんいるんだよ。十代で妊娠して離婚して、子どもを育てるためにキャバクラで働く。風俗に行く子だっている。そうやって稼いだお金だって男に取られてる子もいる。私が中学生とか、高校生のときもそうだった。親が暴力を振るうから家にいられなくて、夜遅くまで外に出歩くようになって、悪い友達とつるむようになって、男にレイプされて。そんな女の子がどこにでもいるの。……どこにでもいる女の子の話を聞いたり見たりするのがつらいから、私は地元に帰りたくない」
話すうちに、風花の大きな瞳に膜を張るように涙が浮かんできた。それをこらえるように、彼女は上を向いた。
「姉たちを見ていて、私は男の人を信頼できなくなった。何度か付き合ってみたこともあるけどダメだった。でも、その『信頼できない』っていう気持ちが、私を守ってくれたの。男性に体とか心を許すことに抵抗のない性格になっていたら、私も『どこにでもいる女の子』の一人になっていたかもしれないから」
深い呼吸を一度したあと、風花は手の甲で目元を拭った。光に向かって笑ってみせる。
「光が子どもの頃に暮らした名護だって、地域とか学校によっては私の地元と似たようなことが起きてるはずよ。光のお父さんも内地から移住してきたなら、沖縄のそういう雰囲気を感じ取ったかもしれない。娘をどんな土地で育てるべきか、きっと考えたんじゃないかな。お母さんから引き離したのは強引だったかもしれないけど、お父さんが光を東京で育てたこと、間違いばかりじゃないと私は思う」
だから、お父さんとよく話し合ってみて。風花は言った。
翌日の夕方、仕事を終えた光は一人で屋上で過ごした。思南や風花はキッチンでごはんを作っているけれど、少しのあいだ一人で考えたかったのだ。父のこと、沖縄のこと。
光が沖縄を思うとき、必ずといっていいほど頭に浮かぶのは、あの美しい海だ。それは母と一緒によく遊びに行った名護のビーチだったり、もっと北の、観光客もほとんど来ないような手つかずの海岸だったりした。海のほかには、森だ。沖縄の南部や中部はすっかり都市化されているけれど、北部には豊かな森が広がっていて、ヒヨドリやヤンバルクイナなどの野鳥の声がいくつも重なって聞こえた。光の思う沖縄は、そういう豊かな土地だ。
風花や、風花の姉のような人生があるなんて、思いもしなかった。