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君が知っている僕と、僕だけが知らない君 ⑤

君が知っていた僕の思いと僕が知らなかった君の思い

(終わるな終わるな終わるな終わるな終わるな)

頭の中で一生懸命願う。その思いと裏腹に同時進行で終わりに向けてハーモニカを吹きつづける唇、呼吸、心臓

『お誕生日おめでとう。はいこれ』

夏休み中にも拘わらず、遠野ゆかりと上川由美が訪ねてきた。手渡されたピンク色の包装紙に包まれた手のひらサイズの小箱

『二人からだからね』と由美が言葉を続ける

『うわー何だろ何だろー嬉しいなぁ』

二人を喜ばせようとかなり大袈裟に振舞う。そして受け取った包み紙を先に開き、それから何かに気づいたように二人の顔を見てバツの悪そうに『あ、ありがとう』と言う。もちろんわざとだ

『とおちほおー』
『とおちほおー』

二人は声を揃えてこう言って、また二人揃って笑うい合う、どうやら最近のお気に入りらしい。
本来の使い方は中学で習って初めて判るのだが、前後逆の事をするのだというニュアンスだと思っていた
難しい言葉を使いたがる由美の考えそうな『言葉遊び』だ

一時期流行った男子(文明)の『スカート捲り』に対抗して『ズボン下ろし』を発案し、その張本人(文明)と殆どの男子のズボンを下ろしまくった(理由は不可抗力であろうがスカートの下を見たから)
このキングオブ危険人物は、身体の弱いゆかりにとって憧れの存在だったようで二人は直ぐに仲良くなった。今ではすっかり『親友』というカテゴリーだ

この関係は両家の親にも大変歓迎されたが、上川家の『娘がゆかりちゃんのようにおしとやかになるはず作戦』は未だ遂行されず、どちらかと言うと『スイカに塩効果』で由美の凶暴さがかえって目立つ形になっている。それでも学校内外でゆかりが体調崩した時にいの一番で動くのも由美だった

二人がプレゼントしてくれたのは、当時の誕生日プレゼントの相場として最も無難な『ノートとクーピーペンシル』あとそれとは別にそれぞれから『手首に巻く鉛入りのサポーター』と『洋楽の入ったカセットテープ』

両家の親たちからの影響がモロに出ている品である
特に都会出身のゆかりは洋楽という新しい風を漁師町のガキ共に吹き込んだフロンティアでもあった
中でもニールセダカの曲はイントロで曲名が言えるようになるくらい聴かされた

その後、紗綾や竹沢やマキ、そして手ぶらの文明も集まり、母親からの『カレー食べなさい』『ケーキ食べなさい』『カレー食べなさい』『ケーキ食べなさい』の終わりの見えない集中砲火に全員が言葉を失っていた
由美だけが『アタシ、カレー味のケーキって初めて食べたわ』とおどけてうちの母親を笑わせていた

6年に進級してからのことだ

一度だけゆかりが悔し涙を流しているところを見た
中学生に成ったら吹奏楽部に入りフルートで好きな洋楽をたくさん演奏するのが彼女のさしあたっての夢だという

『でも…無理かな。こんな身体だもんね』

それでも必死にハーモニカで練習を続けていた…消え入りそうな音色を何度も何度も…
身体に良くないことは僕にも判る。けど『止めろよ』なんてとても言えない。

『これ俺が預かっておく』

半ば強引に彼女の手からハーモニカを取り上げた。これが精一杯だ

翌朝、ゆかりは学校を休んだ

『お母さんからお電話があり、遠野さんは体調を崩して町立病院に入院しました』

クラス中が様々な声をあげる中でそれを手で制して横谷先生は続けた

『他の患者さんもいるので、あまり大勢でお見舞いに行かないこと。特に』

と念を推してから

『男子はね、ちょっとご遠慮してあげて下さい。その代わりに一時間目の国語はお手紙の時間にします。遠野さんへのお手紙を書いて元気づけてあげましょう』

それから上川由美を指名して『お届けお願いできるかしら』と人数分の便箋を手渡して頭を下げた

震えが止まらなかった。怖かった。泣きたかった

(俺のせいだ…)
文明が何かを言っていた。由美が何かを言っていた。紗綾も竹沢もマキも何かを言っていた…
(俺のせいだ…俺のせいだ。)
一文字も書けない、何を書いたら良いのかさえも判らない。とにかくここから逃げ出したい

身体の震えはもう他の人に気づかれるくらいに大きくなる

そんな僕を見て横谷先生は僕を廊下に連れ出した
そうだ謝らなきゃ…先生にもクラスの皆にもゆかりのお母さんや妹にも何よりゆかり本人に

横谷先生は『ここじゃあれね』と僕の肩を抱く形で保健室まで歩いた
中に入ると最初から話がついていたのかのように

『ご苦労さまです。それじゃあ、横谷先生は戻って大丈夫ですよ』
 
養護の南先生はそう言って横谷先生を見送ると僕に椅子に座らせた
既に泣いていた僕にハンカチを差し出すと『あのね』と話をし始めた

『遠野さんのお母さんから最初に電話をもらったの先生だったの』
 
『ごめんなさ…俺…あの…ゆか…遠野さんに…』

『いいから聞いて』と僕の言葉を遮って南先生は続ける

『遠野さんのお母さんがね、ゆかりさんが入院するってなった時に“ゆかりは絶対に入院しない”って言ったそうよ』

『だから俺が…』

僕が立ち上がると、次はやや強い口調で『聞きなさい』と言って強引に椅子に座らせた

ゆかりはこのまま入院したら絶対に僕が責任を感じてしまうから明日一日せめて半日だけでも学校に顔を出すんだと言って病院に行くのを頑として利かなかったそうだ

『ハーモニカを取り上げた君も、友達を傷つけたくないと入院を断ったゆかりさんも、先生は凄いと思う。偉いと思う』

横谷先生も南先生も昨日の一件を全て知っていたのだ。この言葉に身体中の水分が涙になる

『だからね、ここでお手紙書いて行きなさい。先生は職員室にいるから誰か来たら呼びにきてね』

そう言って保健室を出る時に『それから』とこちらに振り返り

『ごめんなさいは絶対に書かないこと、判るわよね?君を傷つけたくないと思っている遠野さんを傷つけるからね。ゆかりさんも今、頑張っているからね…』

『君も頑張りなさい』と南先生も最後は涙声だった

喉まで出かっている『ごめん』と何度も闘いながら、書いては消してを繰り返す
何度も何度も何度も書き直し書いたクシャクシャな手紙をゆかりはどんな思いで読んでくれるのだろうか?
『君のせいじゃない』なんて大人が言っているだけで…やはり辛い思いをさせた僕は彼女に嫌われるだけなんじゃないのか

君が知っていた僕の思い…

僕が知らなかった君の思い…


 

 

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