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ちょうどいい幸せ ⑤

【これは黒歴史的な罰ゲーム】

そろそろ彼女の誕生日だ

「欲しいカーディガンがあるんだよ」

ここ最近の彼女の口癖だ

(女の人の服はべらぼうに高い)

勝手にそう思っているボクには彼女の顔が福沢諭吉以外の誰にも見えなくなっている

事前に値段を確かめたくて「どこのお店?」とか「どこのブランド?」と何度もリサーチをかけたのだが、この《諭吉》さんは頑として口を割らない

既に《白のプレリュード》をプレゼントしているようなものなのだけど…

祝日が誕生日という彼女は家族と過ごす午前の部とボクと過ごす午後の部という大物演歌歌手のリサイタルのような二部構成でお祝いの重ね着をしている

そして、現在はその第二部なのだが…彼女の握るハンドルの行き先は郊外の大型スーパーである
予てから、レストランとかでの食事ではなく《ボクの家でパーティー》という条件は出されていたので、ここでケーキや食材を買うという事なのだろう

それよりも今の今まで《カーディガン》の正体を明かされていないので、僕は仕方なしに《別のプレゼント》を事前に用意してある

スーパーに入ると彼女はボクの腕を組んで組み、食料品売り場とは違う衣料品コーナーへと足を進める

そしてマネキンが羽織っている《1,980円》のカーディガンを指差した

「えっ?これ?こんなので良いの?」

白と茶色のチエック柄のカーディガン。
女の子用にしては少し地味な感じもするけれども、それでも彼女が気に入ったのならと喜んでこの地味なカーディガンをプレゼントすることにした

それから食品売り場へと向かう

どうやら今夜は彼女の手料理らしい

彼女はいちいち「小麦粉ある?牛乳は?」と尋ねながら商品をカゴに入れていく
こういうの…すごく照れくさくて誰かに見られていたら恥ずかしい

そして…これがずっとずっと続いて欲しいと思った

実を言うと…《彼女が家に来る》と聞いて僕が用意した誕生日プレゼントは、彼女が好きな

《骨付き鶏モモ肉のスープ》

朝から仕込みをして、結構美味しく出来ている
だから、あまり手の込んだ料理は遠慮したいのだけれど

「何が好き?何が食べたい?ねぇねぇねぇねぇ」

という彼女の圧力に負けて

「シチュー」

と答えてしまい

幸せを感じるその裏で「どうしよう?」でいっぱいなのだ

《サプライズなどと慣れない事をするとダメだ》という教科書通りの結果になっている

仕方が無い…彼女の思いを尊重してスープは隠すことにした

(何の罰ゲームだよ)

そう思わざるを得ない…

けれど本当の黒歴史的罰ゲームはこれからが本番だった

安アパートの1階の奥、間取りは1Kという、独身男性デフォルトの部屋
一応、掃除はしてあるし、ベッドの下とかにある《いかがわしい物》は全て処分済

ボクは堂々と部屋の扉を開けて彼女を部屋に招き入れる

掃除は行き届いているのだけれど…あの匂いだけは消せていなかった

彼女は部屋に入るなり…

「これって…」

そう言って思いきりボクに抱きついてきた
そして小さく「ちゃんと言ってよ」と肩を震わせた

どうやら鍋を隠すまでもなく一瞬で全てが伝わった

「ゴメン」

と言うボクの胸の中で激しく首を振りながら抱きしめる腕に力を入れた

先ほどの買い物が無駄になることは無かった

彼女は少し考えてから、持参したエプロンをすると台所へ向かい手際良く料理を始めた
一つしかない手鍋は埋まっているので、シチューを作ることは出来ないが、フライパンを使って小麦粉を炒めたかと思うと、ほんの数分でホワイトソースをつくってみせた

「これ絶対に美味しいはず」

そう言ってボクの作ったスープから鶏モモ肉と野菜をお皿に取り分け、その上からホワイトソースをかけた

ボクの好きなモノと彼女の好きなモノがひとつのお皿になった《煮込み鶏モモ肉のホワイトソースかけ》これから先の

僕達ふたりの一番好きな料理

が生まれた瞬間だった

料理が運ばれあらためて彼女の誕生日を祝う

「ちょっと待って」

彼女はそう言うと、包装紙を解いてプレゼントしたカーディガンを羽織る
そして、バッグから見覚えのある包装紙に包まれた物をぼくに手渡す

「はい。これは私から」

そう言って、彼女特有の目で圧力をかけてくる

(つまり…包みを開けろと)

もう嫌な予感しかしない…

包みから出てきた物にボクが目を丸くしていると、更に圧力をかけてくる

(はい、わかりました)

仕方なくボクもそれを羽織るしかない

「ねぇ…食べてから何処か行こうか?」

そんな悪魔の囁きにボクは答える

「今日はやめておこうよ」

カメラのセルフタイマーがジーッと音を立ててる間彼女は言った

「ほら…ちゃんと顔上げて笑って」

シャッターが切られる

そのレンズの先に満面の笑みをした女の子と真っ赤な顔をした男の子
揃いのカーディガンを着たふたりが並んでいた

To be continue……

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