らいふいず…その2
【恋にボケて恋にツッコみそして恋にオチて】
「いらっしゃいませぇ♡」
《喫茶TAKE・ハイセイコー・FIVE》の扉を開ける
今日はいつものマスターのとは違う女性の声
とはいえ…この声にも聞き覚えがある
「おっそいんだよね。悪いけど早く変わってくれる?」
その女性は先程の少し高い声から少しトーンダウンさせてこう続ける
「あたしさぁ…今日は可愛い後輩ちゃんと一緒なのよ…あ、それとお金が無くて働いているわけじゃないのよ」
と店の奥に引っ込んでいるマスターの方を指さした
ここの主はいつもの競馬予想に余念が無いようで特に今週末はナントカ記念日というG1レースで
《今日は仕事どころではない》らしい
そこでたまたま店に顔お出した《お客様》に無理やり店番を頼んだらしい
相変わらずダメな大人の見本のような人だ
「ゴメン俺…帰る」
その女の人の声を聞くなり《へいじ》がこう切り出した
しかし…僕と《かず》のふたりはその声と同時に《へいじ》の腕を両側からガチっと組んで逃がさないようにしている
「お前ら…」
《へいじ》は早くもうなだれている
「おけいさん。お久しぶりです」
僕と《かず》は声を揃えて挨拶をする
《おけいさん》は年齢は僕達よりひとつ上の高校三年生
しかも毎年有名大学に何人も送り込む県内どころか全国にも名高い有名進学校に通う才女であり、そこの現生徒会長というある意味《絶対的権力者》である
その才女はこの《へいじ》と同じ中学校出身で幼なじみ、あの《かずたまデンジャラスシスターズ》のふたりでさえ一目置いている
それ事実だけでも
(この人に逆らうのはやめておこう)
と思わせる
とはいえ…
この暴れん坊の《へいじ》までもが《おけいさん》に頭が上がらないのは、中学校時代に起きたとある事件があったのだ
《へいじ》は詳しくは語りたがらないが、どうやら思春期にありがちな恋愛絡みらしい
「へいちゃん私は今日の労働分でアイスコーヒーのお代わり」
そう言って彼女はカウンターを出ると今まで自分がしていたエプロンを外して《へいじ》に手渡すと《連れの女の子》の待つ窓辺の奥のボックス席に座った
僕と《かず》は両手を合わせて「ご愁傷さま」と彼に言うとカウンターの端に(カウンターから《へいじ》が逃げるのを阻止するために)座った
従来のローテーションで行くと今日の雇われマスター(仮)は僕なのだが、彼を逃がさないためにもカウンターの中に閉じ込めておくのが上策だ
「ところでアネゴ!天下の翔陽の生徒会長ともあろう御方がこんな所に出入りして大丈夫な……あぶなっ!」
「あたっ!」
話の途中なのだが「誰がアネゴだ!」のツッコミと共に《おけいさん》愛用の百円ライターが飛んできて僕の後頭部にヒットした
《アネゴ》と呼んだのは《かず》なのだが彼女の放った百円ライターはほんの数メートル先でしかない的を外したということになる
当然の結果のように頭一つ下げない彼女
うら若き女子高校生がライターを持っているとこ自体大問題なのだが…
先に記述した《へいじ》と《かずたま》の出身中学校と言うのは、校則に《喧嘩上等》と噂されるほどのワルの巣窟である
彼女もその中学校出身であれば男子高校生に向かってライターを投げつける事はさほど驚くことではない
むしろ、その悪名高い中学校から超有名進学校の《翔陽学園》に学年トップで入学したという事実の方が驚く
どうせ「可愛い後輩ちゃん」とか言いながら連れの女の子を〆に来たに違いない
触らぬ神に祟りなし
の諺とおりに彼女達の席は気にしないようにしよう
「ほらよ」
本日の雇われマスターがカウンターにいる僕に僕達のコーヒーと彼女が注文した《アイスコーヒーのお代わり》を差し出した
そしてそのままシンクに溜まっていた洗い物をしだしたのである
手を動かしながら首をボックス席に向かって振る仕草をして「お前が持ってけよ」と目で訴えて
この先の修羅場にお前も出向いて《流れ弾に当たってこい》という《へいじ》の仕返しだ
って言うか…今さっき「私の労働分」って言ってたよね
シンクに洗い物が貯まってるって彼女は一体カウンターの中で今まで何をしていたのだろう
そんなことより僕だってまだ戦場には赴きたくないし流れ弾ならさっき既に貰っている
それでも「俺はお前の代わりに仕事してんだよ」のオーラを出してくる《へいじ》に「コレでちゃらだかんな」のオーラを返すとアイスコーヒーを席に運んだ
「はい。お待た…せ…おま…おまた…おまたまた」
我ながら自分でもまともに話せないくらいに動揺していたが、アイスコーヒーだけは零さずに何とかテーブルの上に置いた
僕の慌てふためいた思春期の男心をくすぐる「おまた」の連呼に《かず》と《へいじ》は大爆笑してコチラを見る
そして前に座っていた彼女達も思春期の女心をくすぐるこの「おまた」の連呼に顔を真っ赤にさせている
「殴られる!」かと一瞬身構えたのだが《おけいさん》の意外な乙女っぷりに…じゃなくて!
僕がそれほどまでに驚いた理由は《おけいさん》の連れの顔を真正面から見たからだ
今の今までは背中しか確認していなかった翔陽学園の制服だったのでさして意識はしていなかった
「せ…」
今度はその一言を振り絞る
「せ?」
カウンターにいる二人もそれに合わせて声を揃えて聞き返した
「ま…」
次に出た言葉だ
「ま?」
また同じように二人が聞き返す
「まっ松田聖子ー!」
僕は今まで出したことのない大声でそう叫んだ
それもそのはず《おけいさん》のツレの可愛い後輩ちゃんは僕に大声を出させる程、今をときめくアイドル《松田聖子》に激似だったのだ
もちろん本人では無いのは判っているが、今流行りの《聖子ちゃんカット》は彼女に似合っていて
本人以上の可愛さをこの《後輩ちゃん》は持ち合わせていた
僕の尋常ではない大声に《へいじ》は洗って水切り器に縦に重ねたコーヒーカップをガチャガチャと音を立てて崩し
《かず》はカウンターの椅子から転げ落ちた
奥の部屋からは「うるせー邪魔するな!」というマスターの声
そして目の前の松田聖子ちゃんはそう例えられたことが恥ずかしかったのかまた一段と顔を赤らめている
残る目の前のもう一人は無言で手もとにあった学生カバンを振り上げるとそれを一直線に僕の頭めがけて振り下ろした
バチーン!
という音とともに僕に流れ弾ではなく実弾が打ち込まれた
だが、それより先に既にこの松田聖子ちゃんに心を撃ち抜かれていた
「何が松田聖子だよ」
そう言いながら《かず》がこちらに来た
そして「どれどれ」と無理矢理彼女の顔を覗き込む
その行為に再び《おけいさん》のカバン爆弾が振り下ろされる
同様に僕らの様子を見に来た《へいじ》は彼女の顔を除く前にカバン爆弾の餌食になる
僕達三人それぞれが
「可愛い」
「可愛い」
「可愛い(おけいさんも可愛いけどこっちが)」
と一人心の声を隠したままそう呟きながらその場に倒れ込んだ
あれ?ひょっとしてコイツらも彼女に一目惚れしたのか?
それ…ちょっとヤバいかも
らいふいず…ばとるふぃーるど(戦場)