君の知っている僕と、僕だけが知らない君 END
雨に微笑みを
Strolling along country roads with my baby
It starts to rain, it begins to pour
君と二人で歩く田舎道。突然の雨襲われる
Without an umbrella we’re soaked to the skin
I feel a shiver run up my spine
傘なんか無かったからずぶ濡れになった
背中まで冷たくなったね
I feel the warmth of her hand in mine
それでも僕は君の手の温もりを感じたんだ
Ooo, I hear laughter in the rain
Walking hand in hand with the one I love
雨の中に笑い声が聴こえる。手を繋いて歩く君の笑い声が
Ooo, how I love the rainy days
And the happy way I feel inside
雨の日に感じたんだ。こんな幸せな気持ちを
ゆかりの入院は思っていたより長期になった
子供でも判る、田舎の町立病院に入院していてもゆかりの病気が良くならないのは
だから僕は『ゆかりに会えなくなる予感』はしていた
でもそれは都会の病院に移って治療する『しばらく』という意味でだ
体調のこともあり、ゆかりからの手紙の返事はクラスのみんな宛になっていた
それとは別に由美と僕だけには自宅に手紙が届いた
そこには、無理をしてしまい心配かけてゴメンナサイという謝罪の言葉とお礼の言葉の数々…
文末には【舌を出したイラスト】の吹き出しの中に由美の口調を真似て書いた台詞仕立てのこんな言葉
(アンタにハーモニカ預けちゃったから曲の練習できないよ?だから代わりに練習して聴かせてね
もちろん、ニールセダカだからね。雨に微笑みをだからね)
由美宛ての手紙の内容は聞いていないが、手紙を受け取った次の日に目を真っ赤にさせた由美から『ありがとう』だけ言われた
彼女は全てを聞かされて、その上で親友から『怒らないで』と念を推されたのだろう
海の見渡せる公園
この町の高台にある『小さな町立病院』に併設された『小さな公園』
直接お見舞いに行けない僕はここで毎日ハーモニカの練習をした。
もしかしたらゆかりに聴こえるかも…そんな淡い期待だけで
少しはマトモになったのだろうか?最初は雑音でしか無かったハーモニカも病院に入院しているお爺ちゃんお婆ちゃんが散歩ついでに『上手上手』と言ってくれるようになった
12月のある日
冷たい手に息を吹きかけながらハーモニカの練習をしていると突然の雨にうたれた
僕は恨めしそうに空を睨みつける
背中までびしょ濡れになり、手もかじかんできた
それでも止めるわけにいかない…届くかもしれない、届いて欲しい一心で吹き続ける
雨の中、ふと笑い声が聴こえた
つい口から離してしまったハーモニカを持つ手に温もりを感じた
『こんなに冷たくなっちゃって』
そう言って両手で僕の手を包み『ふーっ』と息を吹きかける。
雨の中で君の手と吹きかけられた息の温もりを感じたんだ
『ずっと聴いてたよ』
『そんなの嘘だよ。あんな遠くの病室まで届くもんか』
『ううん…お見舞いにきてくれたゆっちーや同じ部屋のお婆ちゃん、いつもおミカンをくれるお爺ちゃんがね教えてくれるの』
ゆかりの声だ。間違いない…お前こんな雨の中で何やってんだよ?
空が真っ暗だ。そして遠くの病院内が慌ただしく動き回っているのが見える…そんな気がした
そして…ある不安が僕の全てを包み込む
『だからね…』
ゆかりは続ける
『寝るときとかに目を閉じたらちゃんと聴こえるの。ありがとう…』
(違う!ダメだダメだダメだダメだ)
僕は大きく首を振る…そして叫んだ
『ゆかり!行っちゃダメだ!』
曲が終わった
小学生のような小さな手が拍手をくれる
『でもなぁ…もう少し上手になってるかと思ったら、あの日のまんまだね』
『嘘だよ。そんなはずあるか』
『なんで音楽辞めちゃうかなぁ?バスケットとかカッコはいいけど、ホントは吹奏楽やりたかったんでしょ?ひょっとして私のせい?』
『何言ってんだよ。バスケの方がカッコいいしモテると思ったんだよ』
『あっそう』とゆかりは一瞬だけ不機嫌そうな顔をしてから
『じゃあ…もう行くね』
今度は笑顔でそう言ってから僕へ背を向けた…
僕もあの日のように『行くな!』と叫ぶことはしない。その代わりに
(先に行って待ってろ。後でみんなと行くから)
と心の中で語りかけて軽く手を振る
都合よく雨は降らなかったが、代わりに雪が降ってきた。舞う雪の一粒一粒がだんだんとゆかりの姿を消していく…
雪に微笑みを
これだけのコトをしでかせるくせに、ロマンチックに雨とか降らすことは出来ないもんかね?
やっぱり小学生のままだなアイツは
『さてと…』
と立ち上がった時だった
『やっぱりここか』
『トールはこういうヤツだよ』
様々な声とともにぞろぞろと人が集まる
みんな小学生の時の同級生だ
『遅れちゃうだろ?』文明が言う
『特に法事ごとはないの』沙綾がそれをたしなめる
『え?3回忌とかじゃないの?』
もう誰も『それは去年やったろ』とつっこまない
『じゃあ行くか』
誰かの声にみんな来た道を戻る。僕もそれに続く
遠野ゆかりのお墓はこの町にはない。札幌にあるお父さんの方のお寺のお墓に眠っているそうだ
だからお葬式はこの町で行われたが、その後の法事は向こうで行われていることだろう
その代わり、毎年この日にはみんな集まって僕等なりの『法事』をすることにしている
他人から見たら、ただの中学生のどんちゃん騒ぎにしか見えないけれど…
(ゆかり、それでいいよな?)
雪の中を歩く…
今ではこの日以外ゆかりの話もしなくなった
だから彼女との思い出を話せる今日はみんな嬉しいのだ
雪の中で笑い声が聴こえる…
道すがら由美が僕の背中を突いた
『ちゃんと会えた?ゆかりと』
僕はなんの事だ?としたり顔をしながらこう言ってやる
『とおちほおー!』
【終わり】