ちょうどいい幸せ ⑦
【あくびをしながら…】
「今日こそは」
彼女の固い決意にボクは頷く
彼女と付き合うことになって3ヶ月になる
仕事場で毎日顔を合わせている上に、今ではほとんどお互いどちらかのの家で食事をする関係になっている
つまり…彼女には車と部屋の合鍵を《強奪》された形になっている
日々、彼女の私物が増えていき、カーテンや小物も彼女の趣味に合わせた色になっている
今では彼女の宝物である「石原裕次郎映画」全集のビデオテープまで揃ってる
彼女曰く…
「これは観る用ではなく保存用」
らしく未だかつてこの部屋で石原裕次郎の映画は上映されていない
かと言って、この部屋で同棲を始めた訳では無い
それ以前に彼女はこの部屋に泊まったことすらないのだ
そうなると彼女は《箱入り娘》と捉えがちなのだけれども、どちらかと言えば《箱入れ親父》の存在の方がデカいのだ
話はそこまで大袈裟ではなく、若い男女にありがちな
《お泊まりデート》
をしたいという単純なことなので
僕としては
(普通に女友達の名前を使えば済むことなんじゃないか?)
とは思うのだが
日々わが娘が私物をせっせと運び出している様を見ているであろう《箱入れ親父》も流石に娘本人が運び出されるのには十二分の注意を払っているに違いない
そこで彼女の「今日こそは」なのである
【おはよー!】
休日の朝、チャイムと音と同時にボクの部屋に入っきた彼女から1枚の紙に記された命令書が手渡された
「これしっかり読んでね」
そう言うと僕を布団から追い出し、手際よく布団をベランダに干し始めた
「《かおりのお泊まり大作戦》何これ?」
「いや私もさ、いつも急かされて帰るでしょ?たまにはゆっくりしたいわけよ」
そう言いながら部屋に戻ると、タンスからパンツを取り出しボクの顔に乗せ、次にニヤリと笑ってボクの履いている下着に手をかける
「おらー!脱げー!」
抵抗虚しく下着を剥ぎ取るとそのまま洗濯機の置いてあるお風呂場に足を向けて行った
彼女が洗濯機を回している間、指令書に目をやる
《かおりのお泊まり大作戦》
・昼食を食べながらお父さんにたくさんお酒を飲ませる
・テレビを観ながらお父さんにたくさんお酒を飲ませる
・お母さんにもお酒を飲ませるついでにお父さんにたくさんお酒を飲ませる
・お父さん is dead
・かおり脱出成功
・お泊まり
・翌朝お父さんが起きる前に早朝出勤したことにする
(すげー穴だらけ…)
てか…お父さんdead(過去形)しちゃってるよ…
【酒呑童子作戦開始】
彼女の家に向かう途中に作戦の軸となる3リットルの焼酎を購入
何時もは夕方頃お邪魔しするためにボクもお酒は飲まないが
「お義父さんと一緒に飲みたい」
という無茶ぶりをボクに一言の相談もなしに決めた今回の作戦発案者様…
(たぶん…ボクも夕方にはdeadだよ)
「おやっさん。今日は飲みましょう」
流石にテレビドラマのように「お義父さん」と言っても「お前にお義父さんと呼ばれる筋合いは無い!」などと怒られはしないものの…どこで《箱入れ親父》のスイッチが入るか解らないので
「おやっさん」
と呼ぶのが一番無難だろう
ともあれ、指令書通りにおやっさんにお酒を勧める
お義母さんの作る《ツマミ》の美味しさと娘がお酌をしてくれる嬉しさもあるのだろう
「お父さん、あんまり飲んじゃダメだよ」
この一言が《押すなよ押すなよ》効果を生み出し、あっという間に上機嫌の《赤鬼》が出来上がった
ボクも作戦の一端を担っているとはいえ、実の娘に簡単に手玉に取られている父親が可哀想に思えて来る
夕方には《赤鬼》はすっかりdeadしてしまい、それを何度も何度も確認すると
「じゃあ、送ってくるね」
お母さんにそう言って車に乗り込んだ
酒宴の間に用意しておいたという《お泊まりグッズ》の入ったバッグは既に後部座席に積み込まれていた
彼女の脱出は成功したのである
とはいえ流石に母親の目は誤魔化せなかったようで、後から起きた赤鬼に「もう子供じゃないんだから」と取り成してくれたらしい
翌朝…
「おはよう」の声を耳元で聴いた
そのまだ眠そうな気だるい声に幸せで胸が熱くなり涙が出そうになるのをあくびで誤魔化した
「こういうのいいね」
彼女もあくびが感染ったらしく大きく開けた口を手で隠しながらそう言う
「うん、そうだね。これがいいね」
彼女を抱きしめてボクも答える
そして続ける
「この先もずっと君と一緒がいい。だからボクとけっ…こんひて…ふぁ…は…」
どうやら途中で彼女のあくびがまた感染ったらしく、どうにも締まらないプロポーズをしてしまった
「うぐっ!」
彼女の拳が無防備のお腹に打ち込まれた
彼女は布団から身体を起こし正座をすると、ボクの手を引っ張り起こし同じく向かい合うように正座をさせた
「やり直し!」
そう言うと、自分の胸に手を当て呼吸を整えた
「ボクとこれから先も一緒にいて下さい。結婚してくれますか」
今度は一語一語丁寧に気持ちを込めて伝えた
彼女も正座の形から三つ指つく形で頭を深々と下げた
「よろしくお願いいたします」
この世界でも例にみない《あくびしなからのプロポーズとその場でのやり直しプロポーズ》は、1年後《赤鬼》の耳に入ることとなり、近所の居酒屋で数時間に渡り説教されることになる
To be continue…