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ちょうどいい幸せ ②

【針のむしろ】

『かおりー!手伝いなさい』

キッチンの方から彼女の母親の声が聞こえる

人様の家をジロジロ見るのは大変失礼なのだが、コチラとしては半分拉致された形になるので目線だけを動かして内装を確認する

《小さな自動車修理工場》とは言ったものの、どうやら中古車販売も手掛けているらしく、いたる所に車のオークション等の写真がかざられている

コチラにお邪魔してからというもの《元気印》の娘の質問攻めにあい、現在で言うところの《個人情報》は全て抜き取られてしまった

まぁ…それについては良し(?)として、母親のHELPの声に『ええー』と言いながらも彼女はこの場から席を外した

確かに母親の手伝いをする娘には大変と感心するのだけれど…

(いやいや…行かないで)

と思わざるをえない

何故なら…昨日会ったばかりの小柄ながら強面の父親と二人っきりにされてしまう

大木を切り取ったようなおおきな座敷テーブルに置かれた《2リットル》の焼酎のペットボトル
こんなの実家の母親が《梅酒》を作る時にしか見たことは無い…

それを水で割りながらすでに3杯は呑んでいる
見た目は完全に《小さい赤鬼》なのだ

そして彼女が席を外す時に放ったひとこと

『お父さん、ちゃんとお相手してあげてね』

これがこの場をどれだけ凍りつかせる結果になっているのか…

『あ、あの…外にたくさん車がありましたけど、修理だけでなく車も売ってらっしゃるのですか?』

『ああ…』

『ボクの車も釧路の兄から譲り受けたヤツなんで、錆びついちゃってボロボロなんですよ』
 
『ああ…』

(誰か助けて)

『ああ…』

いやいや…何も言ってないから

何故かこの家に招待されたはずのボクが、この家の家長の接待をしている

《これが俗に言う針のむしろ》なのか

もうダメだ…特にもよおしては居ないがトイレに逃げるしかない

そう思った時だった

玄関がガラガラと開く音がしたかと思うと

『じーちゃん!来たよー!』

と、彼女にも負けない元気な男の子の声が聞こえた
そして歩幅の短い『ドタドタ』という音とともに、まだ就学前であろう男の子と女の子が入ってきて、赤鬼の両膝の上にそれぞれ腰掛けた

赤鬼の顔が一瞬で恵比寿様に変わった

『お義母さん、遅くなりました』

そう言いながら《この家の次男のお嫁さん》も登場してきた

子供の目は鋭い…キッチンに置かれた白い箱を見つけると《恵比寿様》の膝から何の躊躇もなく離れた

『♫けーき!けーき!のぶ君のけーき!』
『あとでね』

キッチンからは子供特有のオリジナルソングとそれをたしなめるおばあちゃんの優しいやり取りが聞こえてきた

その一連のやり取りに、この家は《幸せに溢れてる》そんな感じがして微笑ましくなった

その和やかな雰囲気も、のぶ君の『この人だれ?』の問に次男のお嫁さん《ユミ》さんが答えた

『かおりお姉ちゃんの旦那さんだよ』

の当てずっぽうの一言で再びお父さんを赤鬼に戻すことになり…また場を凍りつかせた

むしろの針をこれ以上増やさないで貰いたい

【これはよいものだ】

『美味しい!』

社交辞令でもなんでもなく素直に口から出た

テーブルに運ばれた料理はごくごく普通の家庭料理
ジャガイモを甘辛く煮たものや、子供用に焼かれた甘い玉子焼き

そして、昼間彼女が宣言していた『骨付き鶏もも肉のコンソメ煮込み』玉ねぎや人参といった野菜と鶏もも肉を数時間煮込んであり
箸で持ち上げただけで骨から身が剥がれ落ちる

作り方は簡単なのだろうけど、スープといいホロホロのもも肉といい…よそのお家でなければ鶏2〜3羽分くらいは食べれる。それくらい美味しい

『どうよ?』

彼女は思いっきり自慢げな顔をしているのだけれど、9割9分はお母さんの手腕だよね

『美味しいです』

何度も何度も同じことを訊かれて何度も何度もこの言葉を言う

そうこうしているうちに、この家の長男と次男もやって来た

『だれ?』
『かおりお姉ちゃんのお婿さん』
『いえ…そんな』
『かおりの彼氏か?』
『ケーキのおじちゃんだよ』
『まぁ…はい』
『結婚の挨拶じゃないのか?』
『ごんっ!』コップをテーブルに叩きつける音

そんなやり取りが果てしなく続く…

総勢9名のにぎやかな食卓に圧倒されながらも

ここの家にとってごく普通の風景

に心地よさを感じていた

そして『ケーキのおじちゃん』という不名誉な称号も頂いて、初めての食事会は無事終了の運びとなっ……

【これ乗ってけ】

『ご馳走さまでした』

そう言って頭を下げる

『また来てね』

そんな優しい言葉も貰い、身も心も温かくなった一日だった

外まで見送りに来てくれた彼女にも『ありがとう。美味しかったよ、お母さんの手料理』と念を押して
車に乗り込む

『それじゃまた明日』

と車のエンジンをかける…

車のエンジンをかける…

車のエンジン…がかからない

このエンジンの不具合の音に敏感に反応したのは、赤鬼だった
外に出てきた赤鬼はボンネットを開けさせて中をいろいろと物色しだした

そして『置いていけ…』と一言だけいった

『すいませんタクシー呼んでもらえますか?』

そう言うボクに

『あたしが送って行くよ。ウチで飲んでないのあたしだけだし…』

そう彼女は申し出たのだが、流石にこの申し出には断るしかない
これ以上、赤鬼を刺激しないで欲しい

『もう夜も遅いから…』

『じゃあウチに泊まって…』

『いきません』

そんなやり取りをどう見ていたのか、赤鬼はお母さんに行って銀色の小箱を持ってこさせた

その中をジャラジャラと弄ると、一本の車のキーを取り出した

『車は明日修理するからこれ乗ってけ』

そう言って1台の車を指差した

HONDAの白のプレリュード

『代車だ』

そう言って家に戻って行った

代車と言うには綺麗すぎるが一応《車の修理を依頼した形になった》ので、ありがたく借りることとした

『ちょっと!絶対ぶつけないでね』

割と強めの口調で彼女は言った

『これ、あたしが買う予定の車なんだから!家に頭金入れたんだから』

そう言って、自動車修理工場の娘は《客を客とも思わない》態度でそう言い放った

結局…

彼女が《5,000円》だけ頭金の入れたこの車は、後日キチンと彼女の物となり、そのお金はボクの給料から月々支払われることとなる

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