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諸国漫遊記 #01 青森県

漫遊スタートにあたり


先日、ほっとテックというPodcastにゲストでお呼びいただき、旅に関するお話をさせていただいた。
約40年のサラリーマン人生の中で住んで生活をしたところ、出張にでかけたところ、プライベートで旅行したところと数えなおしてみると45都道府県に上り、写真も残っているため、記録を整理しながら皆さんにお伝えできる何かがあればと「諸国漫遊記」として各都道府県毎にまとめてみたいと思う。
出身地の北海道から始めるとかなりのボリュームになり、諸国漫遊に至らない可能性が高いため、お隣の青森県から始めたいと思う。

青森県の思い出は青函連絡船とともに

青森県は、父方の祖母の出身地ということで縁もゆかりもある土地でありながら、津軽海峡という物理的な障壁があり、隣県でありながら、なかなか出かける機会がなかった。

一番最初に青森県を訪れた記憶は、6歳の時に叔母の結婚式のため北海道から群馬県に家族で旅行をした時に函館から青函連絡船で青森駅に渡り、下船した時である。

青函連絡船上の筆者と祖父

当時は、北海道と本州の往来は、国鉄利用が庶民には一般的で海上路は国鉄が運行していた青函連絡船を利用した。

その次に青森を訪れた時は高校の修学旅行で北海道から東京、奈良、京都へ往復した時のこれまた青函連絡船での往復であった。

三度目の青森は、学生時代の野球の試合で福岡県の平和台球場に向かった際に往路は連盟から旅費が支給され、東亜国内航空を利用した空路で福岡入りしたものの帰路は乏しい学生の財布事情から、メンバーに数名いた国鉄職員の息子の家族割(通常料金の1/2)による割り勘効果が学割よりも優ったという目先の計算で、新幹線不可・特急指定席利用不可しばりという今のYouTuberの捨て身の旅行企画的な過酷な行程で、出発から3日後にボロボロになりながら青函連絡船に乗船する時の青森駅であった。文字通り都落ち。

その後、社会人となり、毎夏、北海道と東北6県による会社の各県対抗野球大会(優勝すれば全国大会もあった)のため、1989(平成1)年に青森県での大会に参加した。その際はすでに青函連絡船は廃止されており、函館から青函トンネルを在来線を利用して青森県に到着した。現在は、北海道新幹線が運行されているため青函トンネルを利用する在来線は運行されておらず、これはこれで貴重な経験だと思う。
試合に負けて宿舎に戻り、チームメイトと青森駅前でナンパしたが、「あなたたちは、車がないからベイブリッジにいけないでしょ」と同じ理由で全員玉砕したことを書きながら思い出した。

青森ベイブリッジ

ここ数年は、東京から仕事で青森を訪ねることが多く、四半期毎のサイクルで東北新幹線を利用して、大宮から新青森、青森というルートを往復することが5回ほどあった。

新青森駅のプラットフォーム


最近は、青森駅が新しくなったと聞いたが、そちらはまだ拝見していない。

少し前の青森駅


青森県のグルメ


思い出に書いた通り、青森には自分の中では割と回数多くお邪魔しているが乗り換え目的で訪れることが多く、青森市内以外に足をのばしたことがなく会議の前に駅ビルで食事をしていうのが現地での食の思い出である。
その中で「バラ焼定食」は見た目通りの味わいで、北海道・東北地方の濃いめの味付けでご飯が進む逸品である。

駅なか食堂・つがる路のバラ焼定食


しかしながら土産物を見ていると隣県であることから昔から北海道人にも馴染みが深いものがあったり、試食してみると口に会うものが多いことに気がついた。
中でも我が家のレギュラー調味料となったのが、「スタミナ源たれ」という調味料で、上北農産加工株式会社が製造している。
ただの野菜炒めを数段アップグレードしてくれる味わい深い「たれ」でどこか北海道のジンギスカンのたれに通じる部分を感じている。
上北農産加工株式会社の公式Xアカウント  @gentare_oishi


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