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枯れて落ちても、強さを秘めて。
言葉を話す一輪の花と、ひとりの人間のお話
「聞けば答えが返ってくると思うのは、傲慢だよ」
なんでそんなこと、と言いかけて、やめた。
なんでそんなこと言われないといけないの。わたしはいつも反射的に、自分を肯定してくれない言葉を拒否してしまう。傷つくのが怖いから。情けない自分を認めるのが恐ろしいから。
凛と咲く一輪の花の言葉を、バッサリと否定する気にはなれない。正しい、と思った。人間として数十年生きているわたしより、花として地面に根付いて過ごす目の前の存在のほうが、ずっと人間社会を理解している。そう思ったのだ。
「そう、かも。というより、きっとそう……」
自分に言い聞かせるようにして、つぶやいた。相手に答えを求めてしまうのはどうしてか。そんなこと、深く考えなくてもすぐにわかる。簡単に正解を知りたいからだ。自分の頭を使わずに、なるべく楽に、疲れずに、正しい場所にたどり着きたいからだ。
だって、生きることはとても疲れて、つらくて、しんどいから。自分以外の誰かに正解を求めることは、生きていくための手段でもある。
でも、だからといって、答えが返ってこなかったときに憤慨する権利はわたしにはない。勝手に答えを求めておいて、期待通りに返してくれなかったからと相手を責めていいわけない。
そんなことはわかっている。頭では理解しているつもり。なのにふとしたときに、わたしの中の暴君が心の奥底からズンズンとせり出してくる。
「ねぇ、じゃあ……わたし、どうすればいい?」「知らない。君の人生に責任はとれない」
「……冷たいね」
「だからこそ」
「ん?」
「誰も口出しできない、君に」
風が吹く、花びらが揺れる。なにも言えない弱いわたしを、風に耐える強い一輪の花が見ている。目を離せない。誰にも見せたことのないドロドロした深部を覗かれている気がした。
誰も口出しできない、わたしには。そうかな。本当にそうかな。わたしの中に土足で入ってこようとする部外者はたくさんいるよ。扉を閉めてもいいの? 自分の意思で、わたしの意志で。
「誰も、君の人生を守ってはくれない」
「それって、悲しいね」
「そう? 君の人生が誰かの所有物じゃない証拠だよ。誰にも侵せないテリトリーを、君は持ってる。だから、口出しさせないで。自分で選んで、生きていって」
生きていって。生きていって。
いまにも枯れて落ちそうな花びら。本当は弱いはずの花びら。けれど、言い訳ばかりのわたしよりもずっと強い花びら。
涙が出た。ふわりとやわらかな風でさえ奪われてしまいそうな花びらで、その姿で、わたしに生きろと言うの。自分で選んで、選んだ結果を受け止めて、誰のせいにもせず。
「できるかな」
「やるしかない」
「……やっぱり」
「冷たいね」、そう言葉にした瞬間にザザ、と強い風が吹く。乱れた髪を抑えたその一瞬で、花びらが落ちた。もう言葉は聞こえない。
ねえ、でも、最後に聞こえた気がするの。ノイズのような風の音の中で、かすかに、飄々とした軽やかな声で。命の終わりに、空気に向けて。
「人間の命は、ややこしいもんだね」
そうなの、ややこしいの。そのややこしさの中で、生きていくの。
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