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悪い人ほど“火”が似合う。④

  「花火に花言葉があったら、何て言うんだろうね」

 彼女の頬が輝くと、音が大気を振るわす程に破裂する。広大な空には、これでもかと言う程の炎が飛び交っている。オーケストラが終わると、誰もが息を呑み、一拍してから誰かが拍手を送る。そして、その拍手に乗り遅れぬように様々な人々が激を送り、それは大きな喝采に変わる。それと似たように、一瞬の静寂の後に誰かが声をあげた。それは歓喜に似た雄叫びのようなものだった。そして、その声は伝染し、皆が口々に声を揃え、目の前で起こった現象を褒め称えていた。

 私はというと彼女が言った事を頭の中で反芻させているだけだった。

 上司の男に会ってからというもの彼女が邪魔になっていた。

 私は彼女を愛してしまった。それ故に彼女と言う存在が邪魔になっていた。

いつ命を落とすかも知れない自分と一緒にいたら、彼女に迷惑がかかる。彼女さえいなければ、もっと遠くに、場所を点々として生きていけた。のにだ。

 彼女といたいと思わされた。そんな自分がいた。

「君に言わなきゃいけない事がある」

 私は心に決めていた。彼女に真実を打ち明けるべきだと。

「実は俺は」

「まって」

 突然、彼女が口を開いた。

「実は私も言わなきゃいけないことがあります」

 彼女は私のことを遮り、話を始めた。目は空ろで淡々としている。

「私、花火大会なんて行った事ないんです。今日が人生で初めてです」

「え」私は声を失っていた。これから、自分の秘密を打ち明けようとしている矢先に言った彼女の言葉に動揺が隠せないでいた。

「毎年、行きたいなって思ってたんでけど、出不精だし、行く相手もいなかったから、見た事なかったんです。この花火」

「それなら、何で僕を誘ってくれたの?」

彼女は「それは」と言うと、詰まった言葉を絞り出すように吐いた。

「ある人に命令されたからです」

「ある人?」

「煙草の似合う方でした」

「それってまさか」何かが崩れる音がした。それは大きいが弱々しい音だった。

「貴方の元上司と名乗る」

「彼らがどんな奴らか分かってるのか」一瞬で身体が硬直しているのが分かった。寒気がした瞬間に汗が背中を濡らしていく。

「いいえ。言いましたよね。謎は謎の方が良いんですよ」

「頑張ってきてね」

「何を、どうやって」

「その人が言ってました。過程を聞くのは野暮だって」

 その時、誰かに肩を掴まれた。

どうやら、私は行かなければいけないようだ。

 花火が大きく鳴る。それは今までよりも大きく、今までより儚い音をしていた。

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