愛なんか、知らない。 第2章 ⑬ここが、私の居場所
文化祭二日目は、ミニチュアグッズを何とか500個ぐらいそろえて販売できるようにした。急いで作ったから、全体的に雑な仕上がりになってるのが、ホントは残念。
「これでも、午前中には売り切れちゃったりして」
「そしたら、どうする? 午後の分を作る?」
「うーん、粘土が乾かないから、ムリかなあ」
「もう今から作っとくとか?」
開場前にみんなでワイワイと準備をしていると、岩田先生が「おーい、みんな、いいか?」と入って来た。
「これから、北埼玉新聞の取材を受けることになったから」
「えっ、新聞!?」
みんなキョトンとしている。
「昨日、ポイッターでうちのクラスのミニチュアが、結構話題になってたらしいんだよ。掲載されるのは明日だから宣伝にはならないんだけど、女子高生が作ったミニチュアが完売したって記事を出したいんだって」
「分かりました。取材はいつごろですか?」
すかさず児玉さんが歩み出る。
「もうそこに記者さんが来てるから、始まる前に取材をしてもらったほうがいいと思うんだけど、いいかな? 児玉と滝沢で対応してくれる?」
クラスのみんなは、一斉に私を見た。
「え~、じゃあ、5分だけ待ってもらってください! 髪を整えるから」
「別に乱れてないじゃん」
「ぶう~。女の子は、みだしなみが大事なんですう」
「ハイハイ、じゃ、5分待ってもらうから」
岩田先生が教室を出て行くと、「え~、どうしよ~」「取材だって分かってたら、もっとちゃんとメイクしてきたのにぃ」と、児玉さんと滝沢さんはテンション爆上がりだ。
それ以外のみんなは、
「冗談キツすぎ。あの二人は何にもしてないのに」
「葵ちゃんが取材に答えるべきでしょ?」
「いいとこばっか持ってっちゃってさ」
と、ひそひそ話していた。
「言いたいことがあるなら、ハッキリ言えばあ?」
手鏡を見ながら、児玉さんは言う。
「聞こえてるんですけどお」
滝沢さんもリップをひきながら、挑発的な声を出す。
たまりかねて、凛子さんが前に出た。
「二人とも、ミニチュアは何も作ってないじゃん。普通は遠慮するもんじゃない?」
「だって、岩田ちゃんが指名したんだもん。気に入らないなら、岩田ちゃんに言えば?」
凛子さんはグッと言葉を飲み込んだ。岩田先生が、そんな意見を聞くはずない。児玉さんと滝沢さんがお気に入りなんだから。
「こんにちは、お邪魔します」
首からカメラを提げているメガネの男性が教室に入って来た。
「お話を伺っていいですか?」
教室は一瞬、しんと静まり返ったが、「こんにちはあ、よろしくお願いしますぅ」と、児玉さんがいつもより1オクターブ高い声で応じる。
「へええ、よくできてますねえ。不思議の国のアリスが大きくなったって設定なんですね」
「そうなんです。入り口のパイを食べたら体が大きくなって、世の中のものが小さく見えるようになったってコンセプトなんですぅ」
「なるほどね」
記者さんは、教室のあちこちを写真に撮る。
「あ、ごめんなさい、そこどいてもらえるかな?」
みんな写真に写らないようにあわてて教室の端に寄った。
「お二人のお名前は?」
「児玉奈緒です」
「滝沢千里です」
「えーと、漢字はどう書くのかな」
「やってらんない」
凛子さんたちは教室から出て行ってしまった。他の子も後に続く。
「このミニチュアを売ってるんですか?」
「そうです」
「じゃあ、二人でここに立ってもらえますか? ハイ、笑って~」
児玉さんと滝沢さんはとびきりの笑みを浮かべる。ああ。二人とも、キレイだ。写真に撮りたくなるの、分かるよ。
「次は、ミニチュアを持ってみて。そうそう。いいねえ」
こんな光景、見ててもしょうがないか。
私も教室から出ようとすると、優さんが肘をつかんだ。優さんを見ると、「待ってたほうがいいよ」と小声で言う。どういう意味?
「それで、これはどうやって作ったんですか?」
何気なく記者さんがした質問に、児玉さんと滝沢さんは固まる。
「え、えっと、粘土です」
「粘土。どんな粘土? 普通の粘土ですか?」
「えっと、それは」
児玉さんは助けを求めてこっちを見るけど、みんな睨みつけたり、そっぽを向く。私も視線をそらしてしまった。
「えーと、どんな粘土だっけ」
二人が困っているのを見て、記者さんが不思議そうな顔をする。
「あなたたちがこれを作ったんじゃないの?」
「えっと、作っ……りたかったんですけど、忙しくて、ちょっとしか作れなくて」
「なんだ、お前ら、全然作ってないのか?」
岩田先生も焦ったような顔になる。
「全然ってわけじゃないんですけど……」
「じゃあ、誰なら分かるんだよ?」
「この人ですっ」
急に背中を押されて、私はよろめきながら前に出た。振り向くと、優さんが「頑張れ」と小声で言った。
「ミニチュアは、すべて葵さんが教えてくれました。この教室のデザインも、全部全部、葵さんが考えたんです」
「そうです、ミニチュアのことは葵ちゃんに聞いたら、何でも答えてくれます!」
明日花ちゃんも後押しする。ほかのみんなも、「うんうん」と力強くうなづいている。
私はその勢いに押されて。
「これは、樹脂粘土で作ったんです」
「樹脂粘土?」
「ハイ、樹脂をベースに作ってある粘土で、普通の粘土よりも固いんですけど……あっ、残りがあるから、見てみます?」
「それは、ぜひ」
私が記者さんに粘土を見せながら教えている後ろで、児玉さんと滝沢さんはふてくされた顔をして髪をいじってる。岩田先生は二人に、「なんだよ、お前らなら取材を任せられると思ったのに」と、不満をぶつけていた。
チラッとみんなを見ると、優さんは笑みを浮かべながら、右手の親指を立てた。明日花ちゃんたちも、穏やかな笑みで見守ってくれている。
ここは、私の居場所だ。
そう思ったとたん、目頭がじわっと熱くなる。
ダメだ、泣いちゃ。記者さんに変に思われちゃう。
泣くなら、後で泣こう。優さんたちの前で。
きっと、受け止めてくれるから。
私は泣かないように必死で堪えながら、記者さんの質問に答えた。
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翌日、私は昼過ぎに起きた。
月曜日は文化祭の代休だ。私はそれまでの疲れがどっと出て、午前中は起きられなかった。
「北埼玉新聞、買って来たわよ」
リビングに行くと、おばあちゃんが紅茶を入れてくれた。
「でもね、ちょっとガッカリしちゃった」
生活欄のコーナーに「K女子高文化祭 女子高生のミニチュアが大人気」という見出しで記事が載っている。
その写真に写っているのは、児玉さんと滝沢さんだ。
「葵ちゃんが説明したんでしょ? 葵ちゃんの写真を使えばいいのに」
おばあちゃんは怒ってるけど、私は何も感じなかった。
まあ、この二人のほうが映えるからなあ。
ただ、記事では「1年生の後藤葵さんは」と、私の名前が出ていて、二人の名前はどこにも出ていない。それだけで十分な気がした。
「かわいい女子高生の写真がよかったんじゃない?」
「何言ってんの。葵ちゃんもかわいいじゃない」
「そう言ってくれるのはおばあちゃんだけだよ~」
その時、玄関でチャイムが鳴った。おばあちゃんは、「誰かしら」とパタパタと出て行った。
私は紅茶を飲みながら、記事をじっくり読む。
「作り方をみんなにアドバイスしたのは1年生の後藤葵さん。子供の頃からミニチュアの家やフードを作るのが趣味だったそうだ」なんて、こんなことまで書いてもらえるなんて、くすぐったい気分。
「ちょっと! どういうこと!?」
突然、おばあちゃんの声が廊下に響いた。
と思ったら、リビングのドアが勢いよく開く。
「は~、疲れた~!」
ボストンバッグを床にどさっと投げ出す人。
顔を上げた、その人は――。
「お、お母さん!?」
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