愛なんか、知らない。 第7章 にせものの家 ①幸せな日々
人生を一変するような奇跡が起きることって、本当にあるんだ。
私の作品がバズることがあるなんて。
「夕暮れの図書室」がベストセラー作家の南沢愛さんの小説のカバーに使われて、私の作品の注目度がどんどん高まっていった。
いくつかのメディアから取材を申し込まれて、わけわからないままインタビューに答えた。新聞にも「女子大生のミニチュア作家」と紹介記事が載って。
取材は緊張しすぎて何を話したのか全然覚えてないけど、純子さんが同席してくれてフォローしてくれたし、記者さんがうまくまとめてくれている。写真で私よりも「夕暮れの図書室」を大きく映してくれてるのは、たぶん、私がガチガチに緊張してて、顔が引きつってたからだと思う……。
とりあえず、新聞は仏壇に飾って、おばあちゃんにも報告した。
SNSのフォロワー数もグングン増えて、4桁超えた時は心と一緒に喜んだ。
それに、それに。
南沢さんから、「次の本のカバーもお願いしたい」って依頼があったんだ!
それだけでも舞い上がるような気分なのに、さらに信じられないことが起きた。
「後藤さんの作品の写真集を作りたいんです。タイトルは仮ですが、『光と影のミニチュアの世界』を考えてます」
誰もが名前を知っている門松出版の編集者さんから言われた時、「っ」と私は息をのんで固まってしまった。連絡があった時、てっきり、何かの本のカバーに使いたいという依頼だと思ったんだ。
「わた、私のしゃしゃ写真集って、わた、私」
「葵ちゃん、落ち着いて」
打ち合わせについてきてくれた純子さんが苦笑する。
「葵ちゃん自身の写真集じゃないからね」
「わかわか、分かってます。でででもでも、私、そんなに作品がなくて」
「そうですよね。ですので、今すぐに出版するというわけではなくて、写真集向けの作品を1年か2年ぐらいかけて制作していただく感じになるかな、と」
編集者の堀まゆみさんは、私が挙動不審でも動じず、普通に話してくれる。
「どどどれぐらい、100個ぐらい……?」
「そんなに作ったら、広辞苑ぐらいの分厚さになるわよ」
純子さんがおかしそうに言う。
「こ、こうじ?」
「そっか、最近の若い人は広辞苑を見たことないか。こんなに分厚い辞書なの」
純子さんが手で示す。堀さんは、見本の写真集を見せながら説明してくれた。
「この写真集もそうですけど、作品は少なくても10個、多くても20個あれば十分だと思います。1つの作品の全体像の写真だけじゃなく、こんな感じで家の中にある一つ一つのアイテムを撮って紹介したり、作り方の解説をすれば、1つの作品で5、6ページは必要ですから。写真集なので、判型はB5判変型という、ここにある写真集と同じぐらいの大きさで、ページ数は大体90ページ以内です」
「あ、そ、そういうもんなんですね」
「後藤さんの作品はやっぱり光と影のコントラストで物語を生み出しているところが素敵だと思うんです。だから、写真集も光と影をテーマにしたいなと思ってます」
「ハ、ハイ」
「葵ちゃんは老人ホームでワークショップしてるんですよ。そういう写真もあるといいんじゃないかしら」
「いいですね! 生徒さんの写真もあるんですか?」
「えーと、わ、ワークショップは毎回最後に皆さんの作品の写真を撮ってます」
「いいですねえ。その写真を載せて、教えている様子も撮影させてもらおうかな」
「自宅で教室も開いてるんですよ」
「えっ、学生さんなのに? すごいですねえ。お写真はありますか?」
私はスマホを取り出して、ワークショップや教室の作品の画像を見せた。
「へえ、素人さんでもこんなに手の込んだミニチュアハウスを作れるんですか。すごいですね」
「さ、3年ぐらいかけて1つの作品を作ってる方もいます」
「ねえ。材料にもこだわって、プロよりすごい出来栄えの人もいるわよね」
「これは、後藤さんがデザインを考えたんですか?」
「えーと、一緒に考えてる感じです。どんな家を作りたいかを考えてもらって、それをもとに私がどう作ればいいのかをアドバイスしているって感じで」
「へえ~、すごいなあ」
「葵ちゃんの教え方が上手なんですよ。生徒さんもどんどん増えて」
「そうなんですか。ミニチュア界の新進気鋭の作家さんって感じですね」
「いえいえいえいえ、そんな、そんな、そんな」
「葵ちゃん、落ち着いて」
純子さんも、今まで3冊の写真集を出している。
「写真集を出しても、必ず売れるってわけじゃないんだけどね。でも、いい宣伝になって、個展も開けたし、作品を買ってくださる方もいるし。これからの葵ちゃんの活動のためにも、出したほうがいいと思う」
そんな風に純子さんに後押しされて、私は写真集を出すことにした。
こんなチャンス、迷ってなんかいられない。これから作品をどんどん作っていかなきゃ!
ああ。なんか、ミニチュア作家っぽくなってきたなあ。
今、毎日、目が覚めた時から幸せな気持ちでいっぱいだ。
すべてが輝いて見えて。
生きててよかったって、何度も噛みしめてる。
ミニチュアを作り続けてよかった、って。
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